論語と算盤・現代語訳(37)仁義と富貴9

『論語と算盤』よく集めよく散ぜよ

論語と算盤 つ

現代語訳

金とは世界に通用する貨幣の通称で、諸物品の代表者だ。貨幣が特別便利な理由は、何物にも交換できるからだ。太古は物々交換だったが、今は貨幣さえあれば何にでも交換できる。この代表的価値があるから貴いのだ。

だから貨幣と品物の実価格は等しい必要がある。もし額面は同じで貨幣の実価が減少すると、反対に物価は騰貴する。また貨幣は分割に便利だ。一円の湯飲みを二人で分けることは出来ないが、五十銭ずつに貨幣なら分けられる。また貨幣は物の価格を定め、交換を容易にする。

総じて貨幣は、老若男女全ての人が尊ぶべきだ。貨幣は物の代表だから、物を粗末にしないのと同様に扱わねばならない。昔禹王*という人は些細な物も粗末にしなかった。

朱子は「一食一飯まさにこれを作るの難きを思うべし、半紙半縷来処の易からざるを知れ」と言った。一寸の糸くず半紙の紙切れ、また一粒の米も、決して粗末にしてはならない。それについては、ここに一ついい話がある。

英蘭銀行で有名なギルバートという人が、青年時代に就職のため銀行に行き、その帰る時に室内に落ちていた一本のピンを見つけて、拾って衿に刺した。面接役がそれを見て、何を拾ったのかと聞くと、ピンが落ちていたが、拾えば有用だし、このままだと危険だから拾ったと答えた。面接役は感心して、さらに色々質問すると有望な青年だったので採用を決め、後年大銀行家になったという。

また金は社会の力を表彰する道具でもあるから、尊ぶのも正当だ。だから必要な時に使うのは善いことだが、よく集めると共によく散じ、経済の進歩を促す、これはひとかどの人が心得るべきことで、真に経済に長じた人は、このようでなくてはならない。

よく散じるというのは善用することだ。よい医者がメスを持てば患者の命を救えるが、狂人に持たせれば凶器になる。老いた母親に飴を与えるのはいいが、泥棒に与えるとこっそり扉を開くための防音材になる。だから金を尊んで、しかも善用に心掛けねばならない。

実に金は尊ぶことも卑しむことも出来るが、それは使う人次第だ。ところが尊ぶという事を誤解して、むやみに惜しむ人がいる。乱費がいけないのと同様に、吝嗇もよくない。よく集めてよく散じることを知らなければ、それはただの守銭奴だ。青年にはよく気を付けて貰いたい。

禹王:伝説上の中国の君主。最初の王朝、夏王朝の開祖とされる。伝説では、大洪水の治水に功績があり、当時の君主・舜王から位を譲られたことになっている。ただし夏王朝時代には文字が無く、禹王以前の諸王の業績は極めて曖昧で、周代に入ってから創作された人物である可能性が高い。

孔子は論語泰伯篇で、以下のように禹王を評している。

「禹王は私にとって付け入る隙がない。普段の飲食を節約して、亡き人の魂にお供えし、普段の衣類を節約して、美しい礼服を作り、宮殿の造りを節約して、治水工事に力を入れた。禹王は私にとって付け入る隙がない。」

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