論語と算盤・現代語訳(33)仁義と富貴5

『論語と算盤』罪は金銭にあらず

『論語と算盤』罪は金銭にあらず

現代語訳

陶淵明は「盛年重ねて来たらず、一日再び晨(あした)なり難し」(盛んな年は二度と来ず、一日はもう一度朝にはならない)と題し、朱子は「青年老いやすく学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず」と戒めたように、とりわけ空想にふけり、誘惑に落ちやすい青年時代は、夢のように過ぎ去ってしまう。

私らの青年時代も明日あると思っている間に過ぎ去ってしまった。後悔しても追いつかない。だから青年諸君はこれを教訓に、私らのような後悔をしないようにして貰いたい。諸君の精励が国の将来を左右する。だからこれまでに覚悟のある人にも、一層の覚悟を固めて貰いたい。

固めるに当たっての注意点には限りがないが、とりわけ金銭の問題がある。昔ですら財産がなければ落ち着いた心を持てなかった*のに、社会が益々複雑になる現代ではなおさら金銭問題に覚悟がないと、活気ある活動は出来ず、以外の失敗を招くことがある。

もとより金銭は尊いが、非常に卑しいものでもある。貴い点では、金銭なしでは清算が出来ない。通貨のほかにも金銭になるものはあるが、評価できるあらゆる事物は金銭で価格が決められるから、通貨は財産の言い換えと言っていい。

ただし昭憲皇太后の歌、
「もつ人のこころによりて宝とも 仇ともなるは黄金なりけり」
とあるのはまことに適切なる御批評で、その心をくみ取って欲しい。

ここで中国の古典を読むと、金銭を卑しむ風潮が盛んだったように見える。例えば『左伝』に「凡人が宝の玉を抱え込むと罪になる」とあり、『孟子』に陽虎*の言葉として「情けをかけたら富まない。富んだ者には情けはない」とあるようなのが例だ。

陽虎の言葉を有り難がる必要は無いが、当時としては格言として認められていたのだ。さらに「貴族に財産があると人徳がダメになる。凡人に財産があると間違いが増える*」という言葉を漢籍で読んだことがある。

このように東洋古来の風習は、一般に金銭を卑しめることが激しいので、君子=ひとかどの人物は近づかないもの*、凡人には恐ろしいものとしたのだが、つまりは欲望果て無き世俗の悪習を矯正しようとして、ここまで極端になったと思う。青年諸君にはよく注意して欲しい。

私は普段の経験から、論語と算盤は一致できると思っており、孔子は切実に道徳を説いたが、経済問題にも相当に注意を払ったと思う。これは論語からも読み取れるが、『大学』には利殖の基本方針が書いてある。政治に携わるなら金銭は必要で、治める民衆の生活に、金銭が必要なのは言うまでもない。

結局国を治めるには道徳が必要だが、経済と道徳を一致させねばならない。だから私は一人の実業家として、論語と算盤の調和が必要と、手軽く説明して一般の人が平易にその注意を怠らぬよう導きつつある。

昔は東洋だけでなく西洋にも金銭を卑しむ風習があった。経済に関われば損得勘定が先に立ち、謙譲や清廉の美徳を損なうので、特に間違いを起こしやすい常人には、それを戒めるためにこうした教えを説いた人がいて、自然と一般の風習になったのだろう。

かつて新聞で、アリストテレスが「全ての商業は悪である」と言ったのを読んだ。随分過激だが、損得が伴う行為では、人は利に迷いやすいから、戒めのために極端に言ったのだろう。人情の弱点として物質には目がいくが、精神には行きにくい。

とりわけ思考が幼稚で、道徳心のない者ほど、この弊害に落ちやすい。昔は知識も乏しく道義心にも薄く、損得のために罪悪に落ちる者が多かったのだろう。だからことさらに金銭を卑しんだのだろう。

現在の社会は、昔よりは知識が発達して、思考感情の高尚な人が多くなった。言い換えると社会全体の人格の水準が高くなった。だから金銭に対する考えも随分進んで、立派な方法で収入を得て、善良な方法で使う人が多くなったので、金銭を公平に見られるようになった。

しかし人間はその弱点から、金の亡者、物質の奴隷になりやすい。その責任はその人にあるだろうが、これでは金銭の災いを恐れて卑しく見るようになって、アリストテレスの言葉が繰り返されることになるだろう。

幸いにも世間の進歩と共に、利殖と道徳とを離さないようにしようとする傾向が増えてきた。特に欧米では「ただし富は正しい労働から」との観念が着々と実行されている。我が国の青年諸君もこの点に深く注意して、金銭上の災いを招かず、ますます同義と共に金銭の真価を利用するよう勉めて貰いたい。

財産がなければ…:原文「恒産なくして恒心なし」。孟子の言葉。

陽虎:孔子のライバル。

貴族に…:『十八史略』の「賢にして財多ければ則ち其の志を損(そこな)い、愚にして財多ければ則ち其の過ちを益(ま)す」が出典と思われるが未確認。

ひとかどの…近づかないもの:これは渋沢翁の美し過ぎる誤解というもので、口先ではこう説教した儒者は、機会あるごとにワイロを取り、時に国家予算の数年分になった史実がある。

アリストテレス:BC384-BC322。プラトンの弟子で哲学者。アレクサンドロス大王の家庭教師。大王の師であるからには、金に困ることはなかったのかも知れない。

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