論語ものがたり:第三話 有子(ゆうし)なんていなかった

有子いうしいはく、の人と孝弟かうてい、しかみを犯すを好む者は、すくななり。上を犯すを好まず、し而らんすことを好む者は、いまこれ有らざる也。君子はもとつとむ。本立ち而道生まる。孝弟る者は、れ仁之本。(論語学而篇2


挿絵(By みてみん)

みなさんこんにちは。カーラです。

前回、「論語の半分はでっち上げ」と申しました。「ウソだ」と思うみなさんは無理も無い事です。それほど教え込まれたウソというのは認めがたいのです。カルト宗教から逃れがたいのと同じ現象です。しかし根拠無く、ウソだというのではありません。逆に論語が全て聖人のお言葉だというのに、根拠があるでしょうか。

挿絵(By みてみん)

あるはずがありません。ここにもう一つ、カルトな洗脳の特徴を見て取ることが出来ます。3世紀の敬虔なキリスト者は、「不合理ゆえに我信ず」と告白しました。信仰とは合理的なものではありません。知らず識らず、吸い寄せられるように信じてしまうのです。ですからどんな信仰上の敵にも、立ち向かえるのですね。

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こうした信仰の不合理と、その結果宗教運営者が莫大に儲かる仕組みに、儒者は早くから気付いていました。彼らは古代人にもかかわらず、たくみな手立てで人を落とし入れていったのです。それがあまりに効果的だったため、儒者が大嫌いだった漢の高祖・劉邦が、儒学を帝国のイデオロギーとして導入したのです。

分け前を寄こせと言うのです。でなければ、他人は全て食い物と思っている中国人の社会で、最も食うのに成功した皇帝たちに、儒教が受け入れられるわけがないのです。その人を落とし入れるからくりの一つは、ニセモノです。今でも中国は世界最大のニセモノ作り国です。作れば作るほど儲かるからです。

中国人とニセモノは相性がいいのです。極めて冷めた愛で世界を眺める中国人が、先進国のウソを見抜いているからでもあります。たかが財布に十万円も出す先進国人を、中国人はバカだと思っています。仮に性能は同等でも、外見は本物そっくりで、1/100以下の値で出来ると知っているからです。半値で売っても大儲けです。

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論語にもニセ孔子が紛れていますが、ニセ弟子も入り込んでいます。論語の第二章の主人公、有子こと有若もその一人です。まず名前が異常です。孔子の弟子は通常、子路や子貢のように子○と呼ばれます。○さんという意味です。せいぜい○様という敬称です。しかし開祖の孔子は孔子と呼ばれます。孔先生の意味です。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

戦国の世に一旦滅びかかった儒教を復興した孟子も、その功績から孟先生と呼ばれたのです。あと先生呼ばわりされる資格がありそうなのは、宋代に新儒学を興した朱子ぐらいでしょう。ところが有若はそんな功績が何一つ無いのに、有子と先生呼ばわりされています。事情は曽子=曽参ソウシンも同じです。

有若と曽子はともに、弟子の中では年少組です。同じ年少組に子張がいます。子張はいわゆる孔門十哲=孔子の優れた十人の弟子には入っていませんが、数多くの孔子との対話が論語に載り、子張篇という一部門まであるほどです。その理由は、子張は真面目な人物で、不意の教えにもとっさにメモしたからです。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

孔子「…というわけだ。」子張は自分の帯に、先生の教えを書き留めた。(論語衛霊公篇6)

挿絵(By みてみん)

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こういう弟子は師に愛されます。教壇に立ってみると分かります。愛されますから対話の機会が増え、さらに愛され、の循環です。逆に言えば、論語に記された対話の数が少ない弟子は、師に愛されていなかったか、そもそも弟子ではない人物です。有若には孔子との対話が、ただの一つも記録されていません。

ここから得られる結論はただ二つです。教えられてもメモも取らないようなダメな弟子だったか、そもそも弟子ではなかったかです。その派生形に、そもそも架空の人物の可能性があります。有若について同時代史料は、揃って沈黙しています。唯一『左伝』に、それらしき人物が出てきます。しかし確定ではありません。

挿絵(By みてみん)

有若と読めなくも無い、程度の話です。孔子の晩年、まだ放浪から帰国できていなかった頃のことです。南方の大国・呉が、孔子の母国魯に攻め寄せてきました(哀公八年・BC487)。徴兵された兵士の中に有若がいたのですが、「あのひょろひょろじゃ殺されに行くようなものだ。止めた方がいい」と言われ除隊させられました。

他には『史記』に伝説が載ります。孔子の没後、弟子たちは孔子に顔が似ていた有若を後継者に据えます。同世代の曽子が反対しました。人形じゃあるまいし、顔で決めてどうする。ですが一旦は決まりました。ところが有若は頭が悪く、弟子たちの質問に何も答えられませんでした。ボンクラがバレて有若は降ろされました。

挿絵(By みてみん)

他にも儒教経典に、有若の言葉があるにはあります。しかしそれらは全て、儒教が国教化した漢帝国以降に、儒者がせっせとこしらえた捏造ねつそうです。その証拠に、漢帝国の文字である隷書で書いた本しかありませんでした。まずいと思った儒者は、戦国文字に似せて書いたバージョンも出しましたが。ニセと見破られています。

つまり有若はそもそも実在ではない可能性が高く、実在しても孔子の弟子ではなかった可能性が高く、孔子の弟子でも先生呼ばわりされる優れた弟子では、決してあり得ないということです。言い換えると有若サマサマと持ち上げないと、すぐにウソがバレてしまうか細い存在です。か細くなくともサマサマの実例はあります。

挿絵(By みてみん)

孔子と入れ替わるように春秋時代末期を生きた墨子(墨翟ボクテキ)は、書籍『墨子』では子墨子と呼ばれています。墨先生様の意です。腕利きの大工でもあった墨子にそんな呼び方をすれば、馬鹿にするなと脳天を金槌で叩き割られたでしょう。つまり墨子没後に墨家の信徒が、互いにもったい付けの見せ合い競争に励んでいたのです。

今「金槌で叩き割る」と申しました。論語の時代には、すでに鉄器がありました。ただし鋳物しか作れず、鈍器にしか出来ませんでした。刃物は作れなかったのです。青銅を美金と呼んだのに対し、悪金と呼ばれていました。しかし青銅に比べて莫大な産出量がありました。それが生産を増大させ、戦乱を生みました。

戦争=浪費が出来る余裕が出来たのです。話を墨子に戻します。墨家は列子の思想と並び、衰えた儒家に代わって、戦国時代の二大学閥でありながら、戦国時代の末に煙のように消えてしまいました。恐るべき軍事土木技術者集団だったにもかかわらずです。一説には秦に吸収されたとも言いますが、真相は闇の中です。

信仰とは狂信です。信者の間では、外部から観ると頭がおかしいとしか言えない行動を競い合い、ますます高まっていくのです。変態が異性のパンツを頭にかぶって高まるのに似ています。ですが当人は大真面目です。そうでなくては、命も危ない地球の裏側にまで行って、異教徒への布教に励めるわけがありません。

いわゆる正義の思想体系イデオロギーも同様です。

挿絵(By みてみん)

Союзサユース нерушимыйニェルシーミイィ республикリェスプーブリク свободныхスワボードヌィ

「自由な共和国の、互いに手を握りあった同盟よ」

Сплотилаスプローチリャ навекиナーウェキィ Великаяウェリーカヤ Русьルーシ

永遠とわに栄えよ、かくして結ばれた大ロシア!」

挿絵(By みてみん)

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メロディーだけは現ロシア国歌に引き継がれている、ソ連国歌の冒頭です。ソ連国内ではスターリン時代までは、共産主義に信仰が寄せられていました。国外ではその後もキューバ危機あたりまで、宇宙開発の成功もあってソ連の共産主義に信仰が寄せられ、真面目にお勉強に励んだ人ほど、ソ連に人類の未来を夢見ました。

日本の左翼の原種もそうで、Aソ連型アカと言います。

しかしソ連国内ではスターリンの死後、汚職と物資不足から共産主義は国民にそっぽを向かれていました。深刻だったのが軍隊で、兵の脱走や物資横流しが横行し、精鋭中の精鋭である核搭載原潜の乗員も同じで、艦長は士気の維持に心を砕きました。そこで潜水艦K219のブリタノフ艦長は、乗員に向けこう掲示しました。

“潜水艦勤務は任務ではない。信仰である。”

挿絵(By みてみん)

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信仰とは狂信に他なりません。さもなければ、数ヶ月にわたって陽の当たらない深海の管の中で、見回せば人殺しの道具ばかり、大量殺人兵器まで積んでいます。そしていつ破裂するか分からない原子炉。とても正気で務まる仕事では無かったのです。そして1986年秋、K219はアメリカの沖合で原子炉爆発により沈没します。

“何てことだ。何かしてやれることは無いのか!”

ソ連を「悪の帝国」と呼んだアメリカのレーガン大統領ですら、同情したほどの事故でした。核搭載原潜まで作れる国の民が、その日のパンにも氷点下の中行列を作らねばなりませんでした。中国もそんな国です。空母を何隻も作りながら、まともな船舶用エンジンも造れず、全ての子供を学校どころか戸籍にも入れられない。

ここで話が論語に戻ってくるのです。論語を始め儒教を国教に採用したのは漢帝国でした。その前の、史上初の中華帝国である秦は、儒学をあくまで一学派と見なし、そのカルト的洗脳手段を採用しませんでした。代わりに合理的な法治主義を目指したのですが、これが徹底的に中国人と相性が悪く、大反乱を招きました。

挿絵(By みてみん)

確かに秦の法治のやり方も上手ではありませんでした。しかしそれ以前に、中国人には約束とか法という概念がありません。今でもありません。ありませんから教えても分かりません。無理に詰め込んでも、受容体レセプターがありませんから反応しません。だから劉邦は「法三章」を約束して、たちどころに民の支持を集めたのです。

“殺人は死刑。傷害は同害報復。ドロボーは罰金。それ以外の法は廃止!”――ところが劉邦は、即位して高祖となったとたん、秦の法律をごっそり受け継ぎ施行しました。こうした法三章と裏切りのセットは、現中国政権に至るまで繰り返されました。なぜか? 政権にも、約束を守るという受容体が無いからです。

従って今回取り上げる、論語の第二章も同じです。まず主人公が実在ではありません。次に語法が論語の時代とは違います。「也」を文末の断定”…である”の意に用いていますが、これは戦国時代以降の語法です。言うなれば水戸の黄門様が、「これでみなハッピーじゃ」と言うようなものです。腹を抱えて笑ってやりましょう。

有若の、もっともらしいお説教にです。

挿絵(By みてみん)

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有若「孝行者は、不作法もしないし暴れて国も荒らさないのである。君子の基本は孝行である。君子は基本に努めるものである。だから君子にとって最上の徳である仁も、孝行が基本なのかも知れないと思われる。わかったかお前たち。」

弟弟子一同「「「「わかりません。」」」」

挿絵(By みてみん)

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そもそも孔子は、孝行を説きませんでした。むしろ孝行して貰いたかったら、して貰えるよう子供を可愛がれと説教しています(論語学而篇11)。孝行は後世の帝国官僚儒者の発明です。親や目上への奴隷的奉仕を洗脳ですり込めば、権力者にとってまことに都合がいいからです。忠義も同様です。これは戦国時代の発明です。

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孔子の生前の時代からは、忠の字は見つかっていません。戦国の七雄の争いが激化し、一度の敗戦で十万を超える戦死者が出るようになってから、各国は軍国主義にならざるを得ませんでした。それに儒教も協力し、忠義という洗脳装置をこしらえて、権力者に提供したのです。孔子の教えではありません。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

これは「也」と「なり」(イ)の金文です。孔子はものごとを断定して言い切るとき、矣を使いました。也は句中で”…については”の意味で使うか、句末で”…か”の疑問・詠嘆で使いました。実は矣の発掘は孔子の時代より後ですが、ほとんど同じ意味と音の「已」があって、おそらくそちらで筆記しました。

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「也」はもともと、”ヤッ!”という掛け声でした。対して「矣」は人の振り返った象形で、”覚えてろー!”と念を押す語気を表します。どちらが始めから断定の意味をもっていたかは明らかです。こうした漢字学の成果を活用することなしに、論語など古典を読むことはほぼ不可能になりました。もちろん言語学もです。

従ってどれほど偉い儒者だろうと、どんなに権威ある大学教授だろうと、過去の解釈は役立たずどころか、誤読のタネでしかありません。電話の普及によって、電報が骨董品になったのと同じです。その固定電話も骨董品になりつつあります。おじいちゃん達が一生懸命やったのかも知れませんが、全てゴミ箱行きなのです。

それどころか論語には、有若とその説教のような、人を食い物にするためのニセモノが詰まっています。それをニセモノと見破って、知った上で読まないと、いつの間にか自分まで他人の食い物にされかねません。事実、論語教育の復活をいう怪しげな団体が活動しています。その親玉は高名な名誉教授ですから始末が悪い。

挿絵(By みてみん)

善意で論語に近づいた人が、そうした悪党の餌食にされてしまうのです。世間様より長く勉強をさせて頂いた者として、この悪党を見逃すわけにはいきません。悪党の餌食になる人を見過ごすわけにはいきません。読者諸賢、くれぐれも気を付けて下さい。みなさんが悪党の餌食にならない事を、心より願っています。

信仰は個人の心の問題です。個人がどんな信仰を抱こうと、他者はそれを尊重しなくてはなりません。ただし、その信仰を押し付けてくるとなれば話は別です。さらに信仰ゆえに、他者を食い物にするならそれは邪教です。そもそもその宗教の主催者が、金儲けしか考えないなら、救いの無い食人装置に過ぎないのです。

宗教について語ることは危険を伴います。ですがムハンマドは神の啓示を受けて、”いじめは絶対に許してはならない”と言いました。ムスリムのお祈りを尊重すべきです。ですが、お前も祈れと言われて、気が向かなかったら断固拒否すべきです。それが相手の宗教を尊重することです。それ、信じられないから、と。

その自分の心に従えない者が、どうして他者の祈りに共感できますか。

多くの不幸が信者によってのみ救われたことも事実です。信者が素手で伝染病患者の救護に当たれたのは、神が認めて下さる、神の栄光を証明できると思えばこそです。不信心者はその行為に全面の敬意を払いつつ、その信仰は断固として拒否せねばなりません。さもなくば、神ゆえの殺人を認めることになるからです。

挿絵(By みてみん)

以上、カーラでした。みなさんにいいことがありますよう。

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