論語公冶長篇:要約
アルファー:こんにちは! ナビゲーターAIのアルファーです。
孔子:解説の孔子じゃ。
アルファー:論語公冶長篇はどんなお話なんですか?
孔子:うむ。公冶長篇は主に、弟子や当時の著名人などについて、ワシの人物評を載せておる。論語のここにしか名の見えない人物もおり、彼らはすぐに忘れられたのじゃ。
アルファー:へ~え。先生もそうですが、中国人って名を忘れられるのが一番怖いんですよね。
孔子:ほう。よく論語を読んでおるな。その通りじゃ。じゃからワシは感謝されてもいいのう。ホホホホホホホ。
アルファー:それでは、始めましょう。
1
公冶長には見どころがあるな。娘を嫁にやろう。今は牢に入っているが、無実だからすぐ出てくるだろう。その後めあわせた。
南容にも見どころがあるな。まともな時代には出世するだろうし、まともでない世でも死刑にはなるまい。兄の娘を嫁に世話しよう。その後めあわせた。
アルファー:先生、牢屋に入った公冶長さんって、なにしたんですか?
孔子:んん? ああ、ドロボーや粗暴犯じゃないぞ。ワシの手下として政治工作に励んでおったので、捕まったのじゃ。当人は至っていい奴じゃぞ。なにしろ自然に愛され、鳥のさえずりから、何が起こったか分かった男じゃ。
アルファー:へ~え。だからどこにも何したか書いてないんですね。
孔子:そうじゃ。政治の世界は闇から闇へじゃ。
2
子賤はまことに立派な貴族だな。魯にはろくな貴族がおらんのに、いったい誰に見習ったんだろう。
アルファー:先生、「魯に君子者なくんば、すなわちいずれにこれを取らん」って、魯国に君子が大勢いたから、子賤さんが君子になれた、ってことじゃないんですか?
孔子:いいや違う。魯が君子だらけの結構な国なら、そもそもワシが放浪などする必要は無かろう?
子賤はちょっと得体の知れない弟子でな、故事成語の「掣肘」の語源になった男じゃ。画像ではたいへんなジイさんじゃが、実はずっと若いぞ!
3
子貢が聞いてきた。「私は人材としてどうですかね。」
孔子「お前は容れ物だな。」
子貢「どんな容れ物ですか。」
孔子「派手な祭器だな。」
アルファー:先生、意味がよく分かりませんが。
孔子:いやナニ、仕事は抜群に出来る男じゃ、ということじゃ。
子貢の奴はべらべらとよくしゃべる男でな、その点は気に食わんのじゃが、その弁舌で論語時代の国際関係を一挙にひっくり返したこともある。金の工面もうまいし政治も出来る。まあ、弟子の中では一番有能な男じゃな。道具にたとえるなら最高じゃろ?
4
ある人が言った。「お弟子の冉雍はまことに情け深いが、口下手だ。」
孔子「口下手で結構だ。口を回す奴はたいてい民が嫌いだ。冉雍の情けがどうかは知らないが、口下手で結構じゃないか。」
アルファー:あれ? 先生、冉雍さんって「君主にしてもいい」とまで先生ほめてましたよね(論語雍也篇1)。それなのに仁者じゃないんですか?
孔子:うむ。ワシにとってよき君主とは、何でもワシに任せてくれるお人の事じゃ。冉雍はその点は合格じゃ。そんでこの話は、ワシが言ったんじゃなくて儒者のでっち上げじゃ。
5
弟子の漆彫開に就職口を世話してやったら、まだ勉強が足りませんと言ったわ。
あやつめ、出来る!
6
あーあ。もう世も末だ。イカダで海にこぎ出そうかな。でもついてくるのは子路ぐらいだろうな。
そうつぶやいたら子路が喜んだそうだ。だからつぶやいた。
「子路は私より武芸が上だからな。でもイカダの材料がない所ではどうしようか?」
アルファー:あははは! 子路さんカワイイ♡
孔子:とにかく根が真っすぐなんじゃよ。
じゃがそこを突かれて、後世の儒者どもが、筋肉ダルマの乱暴者に仕立ててしまいよってな、ここの「材を取る無し」も、ワシが「お前には取り柄がない」と言ったことにしてしまったんじゃ。
7
孟武伯どのが孟孫家の当主になったので、お祝いに行ったらたずねられた。
孟武伯「子路さんって頼りになります?」
孔子「どうでしょうなあ。」
孟武伯「おじさま、そこを何とか。」
孔子「やれやれ。大国の軍事は任せられましょうが、坊ちゃんの期待に応えられるかどうかは。」
孟武伯「では冉求はどうです?」
孔子「あれは家老の代官や執事は務まりましょうが、期待通りかどうかは。」
孟武伯「公西赤は?」
孔子「あれは礼服を着て外交の席には役立ちましょうが、期待通りかどうかは。」
8
子貢に言ってやった。「お前と顔回はどちらが上かね。」
子貢「顔回にはとてもとても。彼は一を聞いて十を知る、私は二つがせいぜいです。」
孔子「そうそうその通り。私もお前も、あれには及ばぬな。」
アルファー:先生、これもやっぱアレですか、ポエムとかファンタジーとか、ヲタ度の話ですか?
孔子:こうらあー!
9
宰予(宰我)が昼寝をしよった。
孔子「腐れ木は彫れない、腐れ土は上塗りできない、あ奴を叱っても仕方がない。」
しばらく不機嫌にしていたら、弟子が上目遣いにこっちを見るので言ってやったよ。
「昔は私も純情だった。いい事を言う者はいい人間だとね。しかし行いを見なければ人は分からぬ。宰予を見てそう思った。」
アルファー:先生、宰予さんって怒られてばかりですよね。それにしても、なんでいつも聞こえよがしに怒ってばかりで、直接叱らないんですか?
孔子:それは…まあ、あれじゃ、宰予も公冶長と同じで、いろいろと差し障りがあってのう。
10
孔子「真っ直ぐな男は世にいないな。」
ある人「お弟子の申棖がいますよ。」
孔子「申棖は欲が強すぎる。真っ直ぐなものか。」
11
子貢がうまいことを言いよった。「されたくないことは、人にしたくない。」
孔子「子貢よ、それはお前には出過ぎた望みだぞ。」
アルファー:先生これって、先生がいつも言ってる教訓ですよね。それなのに子貢さんへこまされてる。
孔子:ああ、これも儒者のでっち上げでな。どうやら後の世では、子貢は嫌われたようじゃ。仕事が出来すぎるから妬まれたんじゃろうな。
12
子路は武芸自慢の割には、勉強には臆病な男でな。
教えられて出来ないうちは、次のことを教わりたがらなかった。
13
子貢が言った。「隣国衛の家老孔文子どのは、行いの割には立派な戒名を貰いましたね。」
孔子「あのお人は目先が利いて、学問を好み、目下に質問するのも恥じなかったからだろうな。」
14
隣国鄭の家老子産どのはご立派だった。
謙虚で、まじめで、民を可愛がり、コキ使うようなことはついぞなかった。
私も留学の途中、ずいぶん可愛がって頂いたものだ。
アルファー:先生、留学って?
孔子:うむ。ワシが34の時じゃが、門閥家老家の孟孫家の後押しで、周の都・洛邑に留学させて貰ったのじゃ。老子先生から直にお教えを授かったのじゃぞ。
孔子:その行き帰り、鄭国を通ってな、ご家老の子産どののお世話になった。親子ほども年の若いワシを、まるで兄弟のように可愛がって下された。忘れがたい思い出じゃ。
アルファー:でも先生、老子先生って、実在の人じゃないんじゃないですか?
孔子:ワシと同じで、伝説をいろいろくっ付けられてしまったからのう。じゃが論語の時代、王室文書館にお勤めであった。ちゃんとおられたのじゃぞ。
アルファー:じゃあその先生が、あの『老子』を書いたんですね。
孔子:いや、そうではない。そのタネになるようなことは仰ったかもしれぬが、『老子』は大勢の賢者の智恵の結晶じゃ。いわば日本の歌舞伎俳優のように、老子と言う名は代々受け継がれたのじゃな。
15
隣国斉の家老晏平仲(晏嬰)どのとは、私もずいぶんやり合ったが、人との付き合いを心得ておられた。
勝手な期待をせず、誰でもまず受け入れたのち、時間をかけてよき人を見分けた。
アルファー:先生、「ずいぶんやり合った」って?
孔子:うむ。晏嬰どのは名宰相で、ワシも尊敬しておったが、当時の魯国は北方の大国・晋の保護下にあってな。それを切り崩そうと、何かと仕掛けてきたのが晏嬰どのと、ご主君の景公さまじゃった。
個人としての思いは別じゃが、政治家たる者、私情は捨てねばならんのじゃ。
16
100年前、我が魯国の家老だった臧文仲どのは、分不相応にもカメ占いの甲羅を貯え、屋敷は宮殿並みに立派にした。
知者だと言われているのはウソだな。
アルファー:へ~え。ならどうして、臧文仲さんは知者だって言われてたんですか?
孔子:経済政策が巧みじゃったと言われておった。じゃがそんなこと、小さい小さい。本当の知者とは、貴族らしい身の処し方、礼を知る者の事じゃ。
アルファー:え? でも政治家にとって経済ってとても大事ですよね、先生にとってはそうじゃないんですか?
孔子:もちろんじゃ! 経済よりも民の信頼じゃ!
アルファー:でもご飯が食べられなくなったら、信頼なんて…。
孔子:それでいいのじゃ!
17
子張が問うた。「楚国の宰相子文どのは、三度任じられても喜ばず、三度クビになっても怒らず、引き継ぎをちゃんと行ったと言いますね。」
孔子「正直者だな。」
子張「立派な貴族と言えますか?」
孔子「頭が悪い。貴族としては失格だ。」
子張「斉国の家老崔子どのが殿様を殺した際、陳文子どのは地位財産を放り出して国を逃げましたね。逃げ先でも”ここにも崔みたいな奴が!”と言って、次々逃げ先を変えましたね。」
孔子「潔癖にもほどがある。」
子張「立派な貴族と言えますか?」
孔子「頭が悪い。貴族としては失格だ。」
18
いにしえの魯国家老・季文子どのは、何事も三度考えてから行ったというが、二度でよかろう。
19
いにしえの衛国の家老甯武子どのは、国が治まると賢者として聞こえ、乱れるとバカの振りをしたという。
賢者の方はともかく、バカの振りとは大した芸当だ。
20
南方陳国におったときのこと。故国魯と北方での政治工作が、いまいちうまくはかどらない。
そこで宣言したよ。
「同志諸君、帰るときが来た! 若い同志たちはやる気はあるが、腕が追いつかぬ。細かく工作しているつもりでも、ものになっていない! 今ぞ我らが赴くべき時だ!」
アルファー:これでやっと放浪も終わって、魯国に帰れたんですね。
孔子:いんや。帰ったのは衛国じゃ。
アルファー:??
21
いにしえの義士、伯夷と叔斉はさばさばとしていたので、失敗しても怨みを残さず飢え死にした。革命家はこうでなくちゃな。
22
微生高とかいう男、正直者で通っているようだが、右隣が酢を欲しいというと、左隣から借りて渡したという。
23
おべっか言い、作り笑い、やり過ぎのお辞儀。カネになるなら嫌な奴とも付き合う。
我が友左丘明は見るも恥ずかしいと言った。もっともだ。
アルファー:左丘明さんって、先生の書いた『春秋』に、『左氏伝』っていう注釈を書いた人ですよね。
孔子:そうじゃ。じゃが本当かどうかはワシは知らん。
24
ある日顔回と子路がそばにいたから、言ってやった。「どんな人付き合いを望むか。」
子路が言った。「馬車と毛皮張りの上着を貸し合って、壊しても怨まないような関係です。」
顔回が言った。「与えても忘れ、面倒をかけないような関係です。」
子路が言った。「先生はどうですか。」
孔子「そうさな、老人は安心させ、友人は信頼し合い、若者にはなつかれることだな。」

『三才圖會』所収「羔裘(右)」(コウキュウ、仔羊の毛皮張り上着)。東京大学東洋文化研究所蔵
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世も末だ。誤りを自覚して自分を責める者が、どこにも居ないではないか。
26
家十軒の田舎村にも、私のように誠実な者はいるだろうな。
だから誰にだって、謙虚に学びたがる心はあるはずだ。
アルファー:先生、「丘の学を好むにしかざらんや」って、先生ほどの学問好きはいない、っていう意味じゃないんですか?
孔子:違う違う。それは句読の切り間違えじゃ。後世の儒者がワシを持ち上げるために、意味をねじ曲げたんじゃ。
アルファー:論語公冶長篇は以上です。みなさん、おつかれさまでした。