論語微子篇(びしへん)第十八現代語訳

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論語微子篇:要約

論語 アルファー 10 論語 孔子 微笑み
アルファー:みなさんこんにちは。ナビゲーターのアルファーです。

孔子:解説の孔子じゃ。

アルファー 論語 孔子 水面キラキラ
アルファー:先生、論語微子篇はどんなお話なんですか?

孔子:うむ、微子篇は短くてな、わしが生まれる前の昔話や、殿様など当時の人とワシとの交流、とりわけ隠者とのやりとりが記されておる。

論語 アルファー7 論語 孔子 疑問
アルファー:へーえ。それで昔から、論語の中では道家的な篇だと言われてきたんですね。

孔子:それはそうかも知れんが、ワシの頃に道家なんて無かったぞ?

論語 アルファー4 論語 孔子 淡々
アルファー:ええっ?

孔子:いつの世にもひねくれ者や、すね者はおるから、世間から隠れ住む者ならワシの時代にもおった。じゃがそうした隠者が無為自然とか、太極とか、そういうことを語っていたわけではない。

論語 アルファー17 論語 孔子
アルファー:でも先生は、若い頃お殿様に奨学金を貰って、周の都で老子先生に教わったんですよね?

孔子:その通りじゃよ。じゃがな、老子先生に教わったのは、貴族としての教養で、先生が別れの際に下さったお言葉も、「あんまり目立つと貴族の袋叩きに遭うよ」というお諭しだけじゃ。道教風味な事は何一つ教わっておらん。

老子
孔子:当時の先生は、まだ現在の『老子道徳経』の元となる本をお書きになる前で、周王室の文書館にお勤めじゃった。貴族に成り上がろうとしておったワシが、貴族に相応しい教養を教えて頂くには、まさにうってつけの先生じゃったのじゃな。

論語 アルファー11 論語 孔子 遺影
アルファー:うーん。じゃ、誰が微子篇を「道家的だ」って言い出したんですか?

孔子:そりゃあ、まあ、戦国時代の儒者か道士じゃろうなあ。ワシはおっ死んでおったからよく知らぬが。

論語 春秋諸国と諸子百家

春秋戦国諸侯国と諸子百家

孔子:道家が道家らしくなるのも、ワシが世を去って百年後に生まれた荘子くんが、思想家として世に出てからじゃ。ワシの後継者を勝手に名乗った孟子くんと、ほぼ同世代じゃぞ。

論語 アルファー 15 論語 孔子 笑い
アルファー:じゃあ、道家の人か、道家にかぶれちゃった儒者の人が、この微子篇をでっち上げたんですか?

孔子:いんや、そうでもない。明らかにニセモンと分かる話はあるが、それなりに生前のワシの姿も伝えておる。正しく読み解けば、ワシが道家に敬意を払ったなどと言うのが、道士どもの商売文句に過ぎないと分かるじゃろう。実在のワシは、そんなに甘いジイサンではなかったからのう。ホホホホホ。

論語 アルファー6
アルファー:あれま。では、始めましょうか。

1

殷の紂王は暴君だった。
王族の微子は国を去り、箕子は奴隷に身をやつし、比干は王を諫めて死んだ。

孔子「殷には三人いた。」


論語 アルファー27 論語 孔子
アルファー:え? 三人いたって…どういうことです?

孔子:ただそれだけじゃ。前座の説明も、ワシの言うたことではないしの。後世の儒者は、「三人」を「三仁」に書き換えて、ワシが「殷には三人の仁者がおった」と言うたことにしてしもうたがな。

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2

長沮チョウソ桀溺ケツデキ*が、二人並んで畑を耕していた。孔子は一行と共にそのそばを横切り、子路に川の渡し場を問わせた。

論語 子路 喜び
長沮「あの馬車の手綱を取っているお人は誰かね。」
子路「孔丘ですが。」

長沮「ほう、そりゃ”貴族成り上がり塾”で世間師稼業を開帳している、魯の孔丘かね。」
子路「そうです。」

長沮「その先生なら、渡し場ぐらいご存じだろうて。」

子路が次に桀溺に渡し場を聞いた。

桀溺「ご貴殿はどなたでござる?」
子路「仲由でござる。」

桀溺「あの魯の孔丘の弟子でござるか?」
子路「いかにも。」

桀溺「洪水のように、トウトウと押し流されるのが世の常でござる。一体誰がその流れを止めることが出来ようか。ご貴殿も”世も末じゃ”とばかり言っておる師匠につくより、拙者どものような隠者の仲間入りをした方がいいのではござらぬかな?」

そう言って撒いた種に土をかける手を休めなかった。

そこで子路は立ち去って、孔子に長沮、桀溺の言葉を伝えた。先生は手の平で顔を撫でて言った。

「なんじゃ、流行りのにわか隠者か。好き勝手にケダモノの真似をすればよい。私はああいう連中の手下でも仲間でもないし、こんな連中に一体誰が仲間入りするのじゃ。人は人の世界で生きていくしかない。人の世がまともだったら、私だってめんどくさい世間いじりなど、やりはせんかったわい。」


論語 アルファー5-2 論語 孔子 不愉快
アルファー:なるほど、別に道家に遠慮なんかしてませんよね、先生。

孔子:そうじゃよ? じゃがワシがこの二人をケダモノ呼ばわりしたのは、隠者としても未熟じゃからじゃ。本当に悟っていたらブッダどののように、誰が通ろうと微笑んでおったろうし、何を聞かれてもイジワルはせぬ。そこへ聞こえよがしにイヤミを言いよった。こいつらはハッタリ者じゃ。

論語 アルファー20 論語 孔子 せせら笑い
アルファー:でも先生、以前子路さんに「世も末じゃ」って言ってたのは確かですよね(論語公冶長篇6)。

孔子:ああ、言ったよ? それが何じゃね? 人は愚痴りたい時だってある。じゃがワシは生涯、政治いじりや教育をやめなんだぞ? 別に絶望などしとらんわい。

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3

論語 子路 あきれ 丈人

子路が孔子の旅に付き従っていたとき、一行に遅れてしまった。追い掛ける道すがらで子路は、農具を担いだ、人品卑しからぬ老人に出会った。

子路「ご老どの、率爾ながら訊ね申す。我が師をを見かけませんでしたか。」
老人「精出して働きもせず、穀物の見分けもつかないような人が、なんで師匠かね。」

そう言って杖を畑のかたわらに置き、草引きを始めた。子路はひとかどの人物と見て、敬意を示すために手を組み、かたわらに立った。

作業を終えた老人は子路を引き止め、家に連れ帰って鶏肉とキビのご飯でご馳走し、二人の息子を引き合わせ、一晩泊めた。

翌日、隠者の家を出た子路は孔子に追いついて、いきさつを語った。
孔子「ひとかどの隠者だな。お前はもう一度戻って、きちんとお礼を言いなさい。」

しかし隠者の家に着いてみると、すでに仕事に出かけた後だったので、子路は畑に行って老人に言った。

子路「たしかにご老人のように、宮仕えをしなければ、世間への義理はないでしょう。しかしお子を引き合わせて下さったように、長幼の秩序はご存じではありませんか。かつてはいずれかの御家中だったのでしょうが、どうして浪人して仕舞われたのです。

何かよほど許せぬ事があおりだったのでしょうが、それでは世の中のはみ出し者になってしまうではありませんか。我ら君子が主君に仕えるのは、そういう世の中の道を守るためです。君子たる者がそうしなければ、この世から秩序が絶えてしまいます。

もちろん今は乱世で、秩序が崩れてはいます。しかしそんなことは、とうに承知なのですが、我らはやらざるをえないのです。」


論語 アルファー26 論語 孔子 居直り
アルファー:先生、最後の子路さんの言葉って、先生の伝言じゃないんですか?

孔子:ちがうぞよ。そりゃ後世の儒者のデタラメじゃ。ワシは別に、隠者を否定はせん。そういう生き方もあるからじゃ。じゃが大事なトリまでご馳走してもらい、一晩お世話になった子路にとっては、老人の隠居がよほど残念じゃったんじゃろうなあ。それは、そうじゃろう。

論語 アルファー25 論語 孔子 説教
アルファー:先生、キビのご飯って?

孔子:論語の時代では上等のご飯じゃ。当時の華北では、大麦がすでに普及し、ご飯やお粥に炊かれておったが、そばやマントウ(中国の身なし饅頭。主食にする。結構美味しい)にできる小麦も普及しつつあった。じゃが古来より人の命を支えたキビやアワは、お金の代わりをするほどの価値があった。だから子路も、ありがたく頂いたのじゃろうの。

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4

世を隠れ住んだ者に挙げられるのは、伯夷、叔斉、虞仲、夷逸、朱張、柳下惠、少連。

孔子「伯夷叔斉は立派だった。志を曲げず、孤高に生き、誰を恐れることも無く死んだ。

柳下惠と少連は志を曲げ、自分をおとしめて職に就いたが、言うことは人の道にかない、踏み外した行いはしなかった。しかしそれだけのことだ。

虞仲と夷逸は世をいとうて隠れ住み、代わりに言いたい放題のことを言ったが、後ろ暗い事はせず、権力を欲しがりもしなかった。だが私はこんな身勝手をしないぞ。これが良いとか悪いとか、勝手なことを言わない。」


論語 アルファー21 論語 孔子 たしなめ
アルファー:あ~。やっぱり先生、隠者に遠慮なんかしてませんね。

孔子:そうじゃよ? 伯夷叔斉にしたところで、ありゃあただの能なしニートじゃからな。働きたくないから武王陛下にイヤミを言って、官職をたかろうとしたのじゃ。やった事はまるまる、街宣右翼やプロ市民と同ンなじじゃよ。そんな連中のまねなど出来るか。

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アルファー
アルファー:論語微子篇は以上です。みなさん、お疲れ様でした。

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