論語微子篇(びしへん)第十八現代語訳

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論語微子篇:要約

論語 孔子 微笑み 論語 アルファー 10
アルファー:孔子先生の解説は、訳者がこの篇の詳解を終えてから掲載します。しばらくお待ち下さい!

微子篇は篇そのものが短い上に、挿話集であって、孔子の言葉は少ない。主に隠者と孔子との関係を記す。

殷の紂王は暴君だった。
王族の微子は国を去り、箕子は奴隷に身をやつし、比干は王を諫めて死んだ。
孔子「殷には三人の仁者が居た。」

長沮チョウソ桀溺ケツデキ*が、二人並んで畑を耕していた。孔子は一行と共にそのそばを横切り、子路に川の渡し場を問わせた。

長沮が言った。「あの車の手綱を執っている人は誰かな。」
子路「孔丘**です。」
「魯の孔丘かな。」「ええ。」
「その人なら渡し場ぐらい知っているだろう。」

桀溺に問うた。桀溺が言った。
「あなたはどなたかな。」「仲由です。」
「魯の孔丘の弟子かな。」「はい。」
「やれやれ。世の中というのは洪水のように、とうとうと動いていくものだ。なのにだれがそれを止められるというのか。世の人が気にくわないというなら、いっそ世の中の方を嫌って隠れ住むがいいのに。」そう言って、仕事の手を休めなかった。

子路は孔子の元に戻って話を伝えた。先生は気落ちして言った。
「鳥や獣のように、人を避けて暮らす者と群れて暮らすわけにはいかない。私はこの人たちとは志が違う。誰と共に歩もうか? 天下がまともなら、私だって世直しなんかしない。」

*沮:且(つみかさねる)+さんずい。はばむ、やぶれる、おそれる、うたがう。桀:はりつけ、止まり木、すぐれる、になう、さる、すこやか、あらい。
二人とも実在の人物とは思えず、この章も創作と思われる。

**孔丘:子路は第三者に、自分の師を呼び捨てで名を告げている。見知らぬ人に渡し場を尋ねるという礼儀からか、二人の隠者に感じ入ったか。それが「礼」なのかも知れないが、訳者の個人的経験として、我が武道の師を呼び捨てにするには、よほどの勇気か恐縮が要る。

子路が一行に遅れた。一人の老人に出会った。老人は杖でカゴを担っていた。
子路「あなたは先生を見ませんでしたか?」
「力仕事もせず、穀物の種類も見分けられないような人が、先生だって?」

老人は地に杖を突き刺して、耕し始めた。子路を引き留めて一晩泊まらせ、ニワトリとキビのお粥でご馳走した。そして二人の子を子路に挨拶させた。

翌日、子路が孔子に追いついて話を告げた。
孔子「隠者だな。」
子路を老人のもとへ引き返させたが、老人は外出していた。
子路「先生からの伝言です…。」

ご老人のように給料取りの身でなければ、確かに世間への義理はないでしょう。しかし年下の子路をもてなし、幼い子供たちに挨拶させたように、年齢の義理はお持ちでしょう。同様に我ら役人にとって、主君と家臣の義理を捨てるわけに行かぬのです。ご老人の潔さには敬服しますが、君臣の義理を侮ってはおられませぬか。ろくでもない世の中だということは、我らとてとうに承知です。それでも世直しのため、主君に仕えるほか無いのです。

世を隠れ住んだ者に、伯夷、叔斉、虞仲、夷逸、朱張、柳下惠、少連がいる。
志を保ったまま、小ばかにもされずに人生を終えたのは、伯夷と叔斉だ。
柳下惠と少連は、身過ぎ世過ぎのために志を落とし、君主に雇われたが、言う言葉は人の道に沿っており、行いには細かな気配りがあった。
虞仲と夷逸は、隠居して言いたい放題のことをいい、誰からも小ばかにされず、道を踏み外さなかった。

私としては、これら隠者とは異なった生き方がいい。これがいいとか、あれがよくないとか決めつけてしまいたくない。

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