漢文の文法:ご案内

漢文にも文法の光を!

他の世界は知らないが、訳者たるこの九去堂の知る限り、漢文業界ほどろくでもない世界は無い。漢学教授は教えもせず研究もせず、高禄と快適な研究室を与えられて、ただ威張っているだけ。することと言えば、学生院生に仕事をさせて、それを無断で横取りするだけ。

漢学教授以外でこの世界でメシを食っている者と言えば、九分九厘世間師で、ろくに漢学の知識も技能も無い代わりに、人をだます術には長けていて、「ビジネスに生かす○子」の類で、脳みそが気の毒な割に見栄を張りたがる小金持ちをたぶらかしては、金をせびっている。

世間師は独立自尊で教授より結構なのかも知れないが、詐欺まがいであるには違いないし、元ネタは世間知らずの漢文読みをだまくらかして巻き上げることも多い。悪党の程度が五十歩百歩なだけであり、総じてこの業界会う人会う人、ろくでなしと人間のクズの集まりに見える。

訳者だけの見解ではない。如何わしい資格商売を漢学に持ち込んだ、存命中の某名誉教授は、昔から本を書くたび、一々読者を小バカにした書き方をした。その同じ人物が、かつて助教授職に就いた途端、老教授から敬称で呼ばれた思い出を特筆し、いたく感動したと書いている。

そこに至るまでに、どれほどからき目に遭わされたか分かるというものだし、ろくな人間がいなかったと白状しているようなものだ。それにマゾは必ずサドを兼ねるから、読者を小バカにしたのも納得は出来ないが、理解は出来る。やはり漢文業界は、ろくでなしとクズの集まりだ。

もちろん例外は常にある。

だがこの原因を探っていくと、理系のように数学というOS、つまりは議論の共通のプラットフォームが無い事にある。たわけた思いつきでも権威が言えば、それが通ってしまうのだ。嘘では無い、逆裏対偶の区別すら付いていない著作や論文は、漢学では学界の権威でも平気で書く。

これは漢学に限らず、文系学問全てに言えるが、とりわけ漢学の宿痾は、土台の漢文読解に原則がないことにある。つまりどうとでも読める。ということは、解釈の正当性は解釈した者の地位に依拠し、K大の故Y教授のようにでたらめを書いても、それが定説になってしまう。

ゆえに漢文業界がまともになるなら文法が要る。共通の土台に立って、正しさを論じる必要がある。もちろん中高の教員に、白文読解教育を期待するのは無理だ。しかし大学の教員ですら、まともに漢文の読み方を教えられないしその気も無い。訳者も教わった覚えが一切無い。

当時は講師か何かだった現某国大のR教授から、漢文講読なる必修科目を受けたが、講義内容たるやR氏の研究に必要な史料の読解であり、しかもR氏は自分で解読していなかった。つまり自分の辞書引きの手間を学生にやらせたのであり、教える気も無ければその能も無かった。

それゆえ独学で読解法を学び取る根性が無いと、「それって訓読?」と言いたくなる読み方を、専門家を名乗る者でも平気でする。根性無しで頭が悪いから、辞書を引くのをいやがり、単漢字の数多くある語義の順列組み合わせを終えられず、文字列を音読みだけして誤魔化す。

因不失其親、亦可宗也。
インするにシンうしなわざらば、シュウなり

このような、読み下したようで実は読み下していないた音読み訓読を、訳者はジョーバンキシ読みと命名した。そう口にして常盤ときわ貴子たかこ氏のことだと誰に分かろう。読み下しとは中国古文を日本古文に直す作業であり、現代日本語に直訳出来ない日本古文は、出来損ないだ。

これはひとえに、学びも教えもしない、怠惰な漢学教授に責任がある。

訓読さえできればよいというので、ただむやみに材料を与える。「こう読むのだ」と頭ごなしに押し付けるだけで、なぜそう読まぬといけないか――という理由は全然考えもしなければ教えもしない。行き当たりばったりに、ただ習練さえつめば、いつか読めるようになろうと期待している。教わるほうでは、頭の中の整理ができないから類推がきかない。ただ当座当座に、出まかせに読んでみているだけのことである*。

これは訳者ごとき出来損ないの恨み言では無い。漢字音韻学の権威で、『学研漢和大字典』の編者、東大教授を務めた故・藤堂明保先生の言だ。漢学では珍しく、字書が書ける程の知識教養と、戦時には応召し、主義のためなら東大教授も辞める、一徹な人格を持った先生である。

昭和35年初版の本で、書き手が東大教授という事は、そんな大昔から漢学のこの宿痾が、業界に認識されていたことになる。以来無慮ざっと60年、漢学教授は何をしてきたのだろう。不埒にも程があると思うのは訳者だけだろうか。まるで『韓非子』孤憤篇を書くような思いに駆られる。

というわけで、漢文法の参考になるコンテンツを書き込み、公開する。


*秀英出版 藤堂明保『漢文概説』p.60。

学理としての漢文法

松下大三郎『標準漢文法』

著者:松下大三郎 著
出版者:紀元社
出版年月日:昭和2
底本データ:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1146353

読解・訓読方法としての漢文法

吉波彦作『漢文研究要訣』

著者:吉波彦作 著
出版者:大同館書店
出版年月日:大正14
底本データ:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/937707

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