論語における「知」

「知」は孔子が発明した言葉

孔子は、おそらく史上初めて「知」と言い出した中国人である。「知」という漢字がどれほど古いか調べていくと、実は戦国時代までにしか遡れない。孔子が在世したのはその一つ前の、春秋時代末期である。

当時、通用した書体は金文だが、「知」の金文は存在せず、同音の「智」が甲骨文の昔から存在した。その「智」の字形に曰を欠いた「知」になっている甲骨文・金文が存在するが、いずれも殷代の文字になる。つまり「知」という漢字は、論語の当時にはなかったのだ。
論語 春秋諸国と諸子百家

そして智と知が混用された殷代でも、この漢字の意味は”知る”ではなかったらしい(『字通』・「国学大師」)。白川説では、誓約書を祭器に収め、誓いの印である矢を添えて誓うことだという。つまり殷から論語の時代まで、「智・知」は”誓う”ことだった。

そこへ孔子が現れて、”知る”意味で「知」という言葉を言い出した。当時の人は”知る”の意味には、おそらく「止心」と二文字で言っていたか、「智」と区別せず書いていた。

論語 知 睡虎地秦墓竹簡 論語 知 金文
「知」(睡虎地秦簡)「智」(戦国末期)

カールグレンによる「知」「智」の上古音はi̯ĕɡ、止の上古音はi̯əɡ。ĕ(eハーチェク)はロシア語のЙ(イークラートカエ)と同様”短いe”であり、ə(シュワー)は”あいまいなe”。訳者はこれを音通すると評価する。ちなみに心はi̯əmであり、「止心」i̯əɡ i̯əmとそれまで呼ばれていた”しる”ことを、孔子は中国人で初めて知i̯ĕɡと言った。孔子は「知」を発明したのだ。

だから当時の人にとって、「知」とはすでに忘れ去られた、初めて見る文字であり、i̯ĕɡと聞いてすぐさま”知る”とは思えなかった。それゆえに孔子は一番弟子の子路に、まず「知とは知っていることを知っているとすることだ」(論語為政篇17)と教えねばならなかった。子路のハッタリ癖を直すと言うより、まず「知」の意味を教えねばならなかったのである。

名詞・形容詞としての「知」

論語での「知」から、具体的な目的語を持つものや、知る・知覚するという一般動詞でないものを集めると、一つの傾向がある。孔子は「礼法破りは知ではない」と言い(公冶長篇)、「礼」を知ることが知の十分条件であると言っている。

そして礼とは、孔子が理想的人物像とした仁者の行動規範=条件を並べたもの

だから「知でない者は仁者でない」と言い(公冶長篇)、仁-礼-知の関係は、仁の定義が礼、礼を知ることが知であるとわかる。礼を知る知者は仁に通暁し、それゆえ「知者は仁を切れ味鋭く研ぐ」(里仁篇)。そして「知者は惑わない」(子罕篇・憲問篇)。

仁者とは孔子があこがれるようにして想像した、貴族の理想像だから、現代の造形師が迷うことなく理想の異性の姿を造形するように、全く個人にとっての理想的フィギュアであって、同好の士にだけ価値が分かるのである。
論語 仁 フィギュア 単体

だからこそ理想的人間像を求めることだけに、「知とは人を知ることだ」(顔淵篇)。「生まれながらに知る者は上。学んで知る者はそれに次ぐ」(季氏篇)が、「一旦よく知った者は失わない(陽貨篇)」。余念無くフィギュアの造形に磨きが掛けられるのである。

だから「知者は水を楽しみ、動き、楽しむ」(雍也篇)。変転して止まぬ水の姿を楽しむのは、自己の成長に伴って、ますます望ましい仁フィギュアの姿を追い求められるからだった。しかし「知を好んでも学ばない者は、だらしない」(陽貨篇)。なぜだろうか。

「私は生まれつきの知者ではない」(述而篇)からだ。だから「知らないで作る者がいる。情報を取捨選択して記すのは知に次ぐ」(述而篇)ので、「知を磨けないのを心配しない。知を求める気にならないのを心配する」(里仁篇)のが、仁フィギュア造形師の生きる道。

ただ時には「私は知者か?そうではない。知はない」(子罕篇)と迷う。それは仁の条件たる礼を詳細に想像できないからで、ゆえに「君子は小さく知ってはならない。小人はそれでもかまわない」(衛霊公篇)のだった。こうして仁フィギュアに磨きを掛けるとどうなるか?

「知者は言葉も人も失わない」(衛霊公篇)。天下に受け入れられる仁フィギュアが、ついに完成するのだ。その仁者は「民に仕え、鬼神を敬遠するのが知」(雍也篇)と心得、善政に励んで乱世を収め、天下太平へと世を導く。それが孔子の政治構想であり、知の定義だった。

倒置表現としての「知」

現代中国語は「主語S-動詞V-目的語O」の語順で、論語もそれは変わらない。しかし論語には、「S-not-O-V」の倒置表現があり、しかもその全ての動詞が「知」になっている。論語でのその一覧は下記の通り。

  1. 不患人之不己知,患不知人也。(学而篇)
  2. 不患莫己知、求為可知也。(里仁篇)
  3. 不吾知也。(先進篇)
  4. 自經於溝瀆、而莫之知也。(憲問篇)
  5. 不患人之不己知、患其不能也。(憲問篇)
  6. 莫我知也夫。(憲問篇)
  7. 莫己知也。(憲問篇)
  8. 不病人之不己知也。(衛霊公篇)

このうち、否定辞に「莫」が使われている文と、「不」が使われている文とがある。

「莫」は語源から”隠す”意があり(論語語釈「莫」)、また音から「無」に通じ、名詞や名詞句を否定するから、”…という状態がない”と解釈出来る。また「知」には、”知らせる”の語義があるので、S-Vの語順が崩れず、文法的にも比較的問題が少ない。

  1. 不患莫己知、求為可知也。(里仁篇)
  2. 自經於溝瀆、而莫之知也。(憲問篇)
  3. 莫我知也夫。(憲問篇)
  4. 莫己知也。(憲問篇)
己知 おのれ知らるるし。

しかし「不」は一般的に動詞を否定するから、語順がnot-O-Vと倒置に見える。

    1. 不患人之不己知,患不知人也。(学而篇)
    2. 不吾知也。(先進篇)
    3. 不患人之不己知、患其不能也。(憲問篇)
    4. 不病人之不己知也。(衛霊公篇)
己知 おのれ知られ

「不」もまた、名詞や名詞句を否定できると考えた方がいいのだろうか? 語源を追ってみると下記の通り、判定を否定する(学研漢和大字典)、否定詞として”ない”を示す(字通)と理解できる。

学研漢和大字典

論語 不 篆書
(篆書)

不は苤(フウ・ヒ)や菩(フウ・ホ:つぼみ)などの原字で、ふっくらとふくれた花のがくを描いた象形文字。(ふくれて大きい)・ハイ(ふくれた胚芽)・杯(ふくれた形のさかずき)の字の音符となる。不の音を借りて口へんをつけ、否定詞の否がつくられたが、不もまたその音を利用して、拒否する否定詞に転用された。意向や判定を打ち消すのに用いる。またフツ(払いのけ拒否する)とも通じる。▽無は、事実や事物のないことをあらわすことば。
意味:…ず。しからず。いなや。しからずんば。ふっくらとして大きいさま。

字通

論語 不 甲骨文 論語 不 金文
(甲骨文・金文)

否定・打ち消しの「ず」に借用する。字はもと象形、花の萼柎がくふ*の形であるが、その義に用いることはほとんどない。〔説文〕十二上に「鳥飛んで上翔し、下りて來たらざるなり。一に從ふ。一は猶天のごときなり」とするが、卜文の字形には一を含むことがなく、鳥のぶ形でもない。〔詩、小雅、常棣〕「常棣からなしの華萼不がくふ韡韡ゐゐたり」とある萼不は萼柎、花のつけ根のところで、これが字の本義に用いる例である。金文に「不顯」とあるものは「丕顯ひけん」、「おおいにあきらかなる」の意。萼柎に実がつきはじめて丕となり、否・ほうとなり、さけて剖判ほうはん*となる。不・丕・否は通用することがあり、金文に「論語 外字 不不 ヒヒヒ」「論語 外字 否否 ヒヒヒ」のように用いる。
訓義:はなぶさ、へた。丕と通じ、大きい。仮借して否定語に用いる、ず、あらず、せず、なし、しからず、なかれ。否と通じ、いな、いなや。

*萼柎:花のがく。漢文では兄弟に喩えられる。/剖判:わかれて開いた花。


いずれにせよ、人に「知られない」ことは孔子とその一門にとって絶えざる悩みであり、だからこそ繰り返して愚痴を言っている。これは孔子塾が春秋時代の公務員予備校だったこと、孔子とその一門が革命政党であったことから、避けられない悩みだった。

なぜなら、雇い主や政策実現の場を与えてくれる君主を、必ず必要とするからだ。従って論語=学問という発想から、知=知識・智恵、と条件反射的に解釈するのはよろしくない。孔子と弟子たちも人間であり、論語も極めて人間くさい雰囲気を、その一面に帯びているからだ。

語義・語源

論語 アイコン 知

大漢和辞典

会意。心内に認識すれば言葉として口に発すること矢の如く速やかなる故に、矢と口とを合わせて、しる意を表す。
しる。しらす。しらせ。しること。しる所の多いこと。智恵。しりあい。まじわり。もてなし。欲。たぐい、たぐう。病いえる。知事。諡。姓。

学研漢和大字典

論語 知 睡虎地秦墓竹簡 論語 知 訟
(秦系戦国文字)

「矢+口」の会意文字で、矢のようにまっすぐに物事の本質をいい当てることをあらわす。聖は知の語尾がŋに転じたことばで、もと耳も口も正しく、物事を当てる知恵者のこと。また、是(まっすぐ)と縁が近い。▽智は、名詞のちえをあらわすが、知で代用する。識は、物事を区別し見分けること。

意味:しる。しらせる。物事を正しく見ぬく力がある。また、その力をそなえた人。交際して相手をよく知っている。州・県の役所の仕事をよく心得ている。また、そのような人。物事の本質を見ぬく能力。ちえ。陽明学派で、良知(人間固有の良心)のこと。

字通

論語 知 篆書
矢+口。矢には矢誓の意があり、誓約のときに用いた。口は祝詞を収める器の𠙵さい。神かけて誓うことで、これによって相互の意思を確認する意である。〔説文〕五下に「詞なり」、また智字条四上に「識る詞なり」とあり、〔段注〕に知・智は同訓であるべきという。智は知に更にその誓書を加えた字である。〔玉篇〕に「識るなり、覺るなり」と訓するのは、動詞とする意であろう。〔左伝、襄二十六年〕「子產、其れ將に政を知らんとす」は司る意。知事、知県のように用いる。
訓義:しる、あきらかにしる。さとる、みわける、わかる。つかさどる、おさめる、しらせる、したしむ。ききしる、おぼえる。ちえ、ちしき。しりあい。

一般動詞ではない論語での「知」

論語里仁篇

子曰:「里仁為美。擇不處仁,焉得?」

子曰:「不仁者不可以久處約,不可以長處樂。仁者安仁,者利仁。」

論語公冶長篇

子曰:「臧文仲居蔡,山節藻梲,何如其也?」

子張問曰:「令尹子文三仕為令尹,無喜色;三已之,無慍色。舊令尹之政,必以告新令尹。何如?」子曰:「忠矣。」曰:「仁矣乎?」曰:「未,焉得仁?」「崔子弒齊君,陳文子有馬十乘,棄而違之。至於他邦,則曰:『猶吾大夫崔子也。』違之。之一邦,則又曰:『猶吾大夫崔子也。』違之。何如?」子曰:「清矣。」曰:「仁矣乎?」曰:「未。焉得仁?」

論語雍也篇

樊遲問。子曰:「務民之義,敬鬼神而遠之,可謂矣。」問仁。曰:「仁者先難而後獲,可謂仁矣。」

子曰:「者樂水,仁者樂山;者動,仁者靜;者樂,仁者壽。」

論語述而篇

子曰:「我非生而之者,好古,敏以求之者也。」

子曰:「蓋有不而作之者,我無是也。多聞擇其善者而從之,多見而識之,之次也。」

論語子罕篇

子曰:「吾有乎哉?無也。有鄙夫問於我,空空如也,我叩其兩端而竭焉。」

子曰:「者不惑,仁者不憂,勇者不懼。」

論語顔淵篇

樊遲問仁。子曰:「愛人。」問。子曰:「人。」樊遲未達。子曰:「舉直錯諸枉,能使枉者直。」樊遲退,見子夏。曰:「鄉也吾見於夫子而問,子曰,『舉直錯諸枉,能使枉者直』,何謂也?」子夏曰:「富哉言乎!舜有天下,選於眾,舉皋陶,不仁者遠矣。湯有天下,選於眾,舉伊尹,不仁者遠矣。」

論語憲問篇

子路問成人。子曰:「若臧武仲之,公綽之不欲,卞莊子之勇,冉求之藝,文之以禮樂,亦可以為成人矣。」曰:「今之成人者何必然?見利思義,見危授命,久要不忘平生之言,亦可以為成人矣。」

子曰:「君子道者三,我無能焉:仁者不憂,者不惑,勇者不懼。」子貢曰:「夫子自道也。」

子擊磬於衛。有荷蕢而過孔氏之門者,曰:「有心哉!擊磬乎!」既而曰:「鄙哉!硜硜乎!莫己也,斯己而已矣。深則厲,淺則揭。」子曰:「果哉!末之難矣。」

論語衛霊公篇

子曰:「可與言而不與之言,失人;不可與言而與之言,失言。者不失人,亦不失言。」

子曰:「及之,仁不能守之;雖得之,必失之。及之,仁能守之。不莊以涖之,則民不敬。及之,仁能守之,莊以涖之。動之不以禮,未善也。」

子曰:「君子不可小,而可大受也;小人不可大受,而可小也。」

論語季氏篇

孔子曰:「生而之者,上也;學而之者,次也;困而學之,又其次也;困而不學,民斯為下矣。」

論語陽貨篇

子曰:「唯上與下愚不移。」

子曰:「由也,女聞六言六蔽矣乎?」對曰:「未也。」「居!吾語女。好仁不好學,其蔽也愚;好不好學,其蔽也蕩;好信不好學,其蔽也賊;好直不好學,其蔽也絞;好勇不好學,其蔽也亂;好剛不好學,其蔽也狂。」

子貢曰:「君子亦有惡乎?」子曰:「有惡:惡稱人之惡者,惡居下流而訕上者,惡勇而無禮者,惡果敢而窒者。」曰:「賜也亦有惡乎?」「惡徼以為者,惡不孫以為勇者,惡訐以為直者。」

論語子張篇

陳子禽謂子貢曰:「子為恭也,仲尼豈賢於子乎?」子貢曰:「君子一言以為,一言以為不,言不可不慎也。夫子之不可及也,猶天之不可階而升也。夫子之得邦家者,所謂立之斯立,道之斯行,綏之斯來,動之斯和。其生也榮,其死也哀,如之何其可及也。」

論語での全用例

論語学而篇

  1. 子曰:「學而時習之,不亦說乎?有朋自遠方來,不亦樂乎?人不而不慍,不亦君子乎?」
  2. 有子曰:「禮之用,和為貴。先王之道斯為美,小大由之。有所不行,和而和,不以禮節之,亦不可行也。」
  3. 子貢曰:「貧而無諂,富而無驕,何如?」子曰:「可也。未若貧而樂,富而好禮者也。」子貢曰:「《詩》云:『如切如磋,如琢如磨。』其斯之謂與?」子曰:「賜也,始可與言詩已矣!告諸往而來者。」
  4. 子曰:「不患人之不己,患不人也。」

論語為政篇

  1. 子曰:「吾十有五而志于學,三十而立,四十而不惑,五十而天命,六十而耳順,七十而從心所欲,不踰矩。」
  2. 子曰:「溫故而新,可以為師矣。」
  3. 子曰:「由!誨女之乎?之為之,不為不,是也。」
  4. 子曰:「人而無信,不其可也。大車無輗,小車無軏,其何以行之哉?」
  5. 子張問:「十世可也?」子曰:「殷因於夏禮,所損益,可也;周因於殷禮,所損益,可也;其或繼周者,雖百世可也。」

論語八佾篇

  1. 或問禘之說。子曰:「不也。其說者之於天下也,其如示諸斯乎!」指其掌。
  2. 子入大廟,每事問。或曰:「孰謂鄹人之子禮乎?入大廟,每事問。」子聞之曰:「是禮也。」
  3. 子曰:「管仲之器小哉!」或曰:「管仲儉乎?」曰:「管氏有三歸,官事不攝,焉得儉?」「然則管仲禮乎?」曰:「邦君樹塞門,管氏亦樹塞門;邦君為兩君之好,有反坫,管氏亦有反坫。管氏而禮,孰不禮?」
  4. 子語魯大師樂。曰:「樂其可也:始作,翕如也;從之,純如也,皦如也,繹如也,以成。」

論語里仁篇

  1. 子曰:「里仁為美。擇不處仁,焉得?」
  2. 子曰:「不仁者不可以久處約,不可以長處樂。仁者安仁,者利仁。」
  3. 子曰:「人之過也,各於其黨。觀過,斯仁矣。」
  4. 子曰:「不患無位,患所以立;不患莫己,求為可也。」
  5. 子曰:「父母之年,不可不也。一則以喜,一則以懼。」

論語公冶長篇

  1. 或曰:「雍也,仁而不佞。」子曰:「焉用佞?禦人以口給,屢憎於人。不其仁,焉用佞?」
  2. 孟武伯問:「子路仁乎?」子曰:「不也。」又問。子曰:「由也,千乘之國,可使治其賦也,不其仁也。」「求也何如?」子曰:「求也,千室之邑,百乘之家,可使為之宰也,不其仁也。」「赤也何如?」子曰:「赤也,束帶立於朝,可使與賓客言也,不其仁也。」
  3. 子謂子貢曰:「女與回也孰愈?」對曰:「賜也何敢望回。回也聞一以十,賜也聞一以二。」子曰:「弗如也!吾與女弗如也。」
  4. 子曰:「臧文仲居蔡,山節藻梲,何如其也?」
  5. 子張問曰:「令尹子文三仕為令尹,無喜色;三已之,無慍色。舊令尹之政,必以告新令尹。何如?」子曰:「忠矣。」曰:「仁矣乎?」曰:「未,焉得仁?」「崔子弒齊君,陳文子有馬十乘,棄而違之。至於他邦,則曰:『猶吾大夫崔子也。』違之。之一邦,則又曰:『猶吾大夫崔子也。』違之。何如?」子曰:「清矣。」曰:「仁矣乎?」曰:「未。焉得仁?」
  6. 子曰:「甯武子邦有道則,邦無道則愚。其可及也,其愚不可及也。」
  7. 子在陳曰:「歸與!歸與!吾黨之小子狂簡,斐然成章,不所以裁之。」

論語雍也篇

  1. 子曰:「之者不如好之者,好之者不如樂之者。」
  2. 樊遲問。子曰:「務民之義,敬鬼神而遠之,可謂矣。」問仁。曰:「仁者先難而後獲,可謂仁矣。」
  3. 子曰:「者樂水,仁者樂山;者動,仁者靜;者樂,仁者壽。」

論語述而篇

  1. 子在齊聞韶,三月不肉味。曰:「不圖為樂之至於斯也!」
  2. 葉公問孔子於子路,子路不對。子曰:「女奚不曰,其為人也,發憤忘食,樂以忘憂,不老之將至云爾。」
  3. 子曰:「我非生而之者,好古,敏以求之者也。」
  4. 子曰:「蓋有不而作之者,我無是也。多聞擇其善者而從之,多見而識之,之次也。」
  5. 陳司敗問昭公禮乎?孔子曰:「禮。」孔子退,揖巫馬期而進之,曰:「吾聞君子不黨,君子亦黨乎?君取於吳為同姓,謂之吳孟子。君而禮,孰不禮?」巫馬期以告。子曰:「丘也幸,苟有過,人必之。」

論語泰伯篇

  1. 曾子有疾,召門弟子曰:「啟予足!啟予手!《詩》云『戰戰兢兢,如臨深淵,如履薄冰。』而今而後,吾免夫!小子!」
  2. 子曰:「民可使由之,不可使之。」
  3. 子曰:「狂而不直,侗而不愿,悾悾而不信,吾不之矣。」

論語子罕篇

  1. 大宰問於子貢曰:「夫子聖者與?何其多能也?」子貢曰:「固天縱之將聖,又多能也。」子聞之,曰:「大宰我乎!吾少也賤,故多能鄙事。君子多乎哉?不多也。」
  2. 子曰:「吾有乎哉?無也。有鄙夫問於我,空空如也,我叩其兩端而竭焉。」
  3. 子曰:「後生可畏,焉來者之不如今也?四十、五十而無聞焉,斯亦不足畏也已。」
  4. 子曰:「歲寒,然後松柏之後彫也。」
  5. 子曰:「者不惑,仁者不憂,勇者不懼。」

論語先進篇

  1. 季路問事鬼神。子曰:「未能事人,焉能事鬼?」敢問死。曰:「未生,焉死?」
  2. 子路、曾皙、冉有、公西華侍坐。子曰:「以吾一日長乎爾,毋吾以也。居則曰:「不吾也!』如或爾,則何以哉?」子路率爾而對曰:「千乘之國,攝乎大國之間,加之以師旅,因之以饑饉;由也為之,比及三年,可使有勇,且方也。」夫子哂之。「求!爾何如?」對曰:「方六七十,如五六十,求也為之,比及三年,可使足民。如其禮樂,以俟君子。」「赤!爾何如?」對曰:「非曰能之,願學焉。宗廟之事,如會同,端章甫,願為小相焉。」「點!爾何如?」鼓瑟希,鏗爾,舍瑟而作。對曰:「異乎三子者之撰。」子曰:「何傷乎?亦各言其志也。」曰:「莫春者,春服既成。冠者五六人,童子六七人,浴乎沂,風乎舞雩,詠而歸。」夫子喟然歎曰:「吾與點也!」三子者出,曾皙後。曾皙曰:「夫三子者之言何如?」子曰:「亦各言其志也已矣。」曰:「夫子何哂由也?」曰:「為國以禮,其言不讓,是故哂之。」「唯求則非邦也與?」「安見方六七十如五六十而非邦也者?」「唯赤則非邦也與?」「宗廟會同,非諸侯而何?赤也為之小,孰能為之大?」

論語顔淵篇

  1. 樊遲問仁。子曰:「愛人。」問。子曰:「人。」樊遲未達。子曰:「舉直錯諸枉,能使枉者直。」樊遲退,見子夏。曰:「鄉也吾見於夫子而問,子曰,『舉直錯諸枉,能使枉者直』,何謂也?」子夏曰:「富哉言乎!舜有天下,選於眾,舉皋陶,不仁者遠矣。湯有天下,選於眾,舉伊尹,不仁者遠矣。」

論語子路篇

  1. 仲弓為季氏宰,問政。子曰:「先有司,赦小過,舉賢才。」曰:「焉賢才而舉之?」曰:「舉爾所。爾所不,人其舍諸?」
  2. 子路曰:「衛君待子而為政,子將奚先?」子曰:「必也正名乎!」子路曰:「有是哉,子之迂也!奚其正?」子曰:「野哉由也!君子於其所不,蓋闕如也。名不正,則言不順;言不順,則事不成;事不成,則禮樂不興;禮樂不興,則刑罰不中;刑罰不中,則民無所措手足。故君子名之必可言也,言之必可行也。君子於其言,無所苟而已矣。」
  3. 定公問:「一言而可以興邦,有諸?」孔子對曰:「言不可以若是其幾也。人之言曰:『為君難,為臣不易。』如為君之難也,不幾乎一言而興邦乎?」曰:「一言而喪邦,有諸?」孔子對曰:「言不可以若是其幾也。人之言曰:『予無樂乎為君,唯其言而莫予違也。』如其善而莫之違也,不亦善乎?如不善而莫之違也,不幾乎一言而喪邦乎?」

論語憲問篇

  1. 憲問恥。子曰:「邦有道,穀;邦無道,穀,恥也。」「克、伐、怨、欲不行焉,可以為仁矣?」子曰:「可以為難矣,仁則吾不也。」
  2. 子路問成人。子曰:「若臧武仲之,公綽之不欲,卞莊子之勇,冉求之藝,文之以禮樂,亦可以為成人矣。」曰:「今之成人者何必然?見利思義,見危授命,久要不忘平生之言,亦可以為成人矣。」
  3. 子貢曰:「管仲非仁者與?桓公殺公子糾,不能死,又相之。」子曰:「管仲相桓公,霸諸侯,一匡天下,民到于今受其賜。微管仲,吾其被髮左衽矣。豈若匹夫匹婦之為諒也,自經於溝瀆,而莫之也。」
  4. 子曰:「君子道者三,我無能焉:仁者不憂,者不惑,勇者不懼。」子貢曰:「夫子自道也。」
  5. 子曰:「不患人之不己,患其不能也。」
  6. 子曰:「莫我也夫!」子貢曰:「何為其莫子也?」子曰:「不怨天,不尤人。下學而上達。我者,其天乎!」
  7. 子路宿於石門。晨門曰:「奚自?」子路曰:「自孔氏。」曰:「是其不可而為之者與?」
  8. 子擊磬於衛。有荷蕢而過孔氏之門者,曰:「有心哉!擊磬乎!」既而曰:「鄙哉!硜硜乎!莫己也,斯己而已矣。深則厲,淺則揭。」子曰:「果哉!末之難矣。」

論語衛霊公篇

  1. 子曰:「由!德者鮮矣。」
  2. 子曰:「可與言而不與之言,失人;不可與言而與之言,失言。者不失人,亦不失言。」
  3. 子曰:「臧文仲其竊位者與?柳下惠之賢,而不與立也。」
  4. 子曰:「君子病無能焉,不病人之不己也。」
  5. 子曰:「及之,仁不能守之;雖得之,必失之。及之,仁能守之。不莊以涖之,則民不敬。及之,仁能守之,莊以涖之。動之不以禮,未善也。」
  6. 子曰:「君子不可小,而可大受也;小人不可大受,而可小也。」

論語季氏篇

  1. 孔子曰:「君子有三畏:畏天命,畏大人,畏聖人之言。小人不天命而不畏也,狎大人,侮聖人之言。」
  2. 孔子曰:「生而之者,上也;學而之者,次也;困而學之,又其次也;困而不學,民斯為下矣。」

論語陽貨篇

  1. 陽貨欲見孔子,孔子不見,歸孔子豚。孔子時其亡也,而往拜之,遇諸塗。謂孔子曰:「來!予與爾言。」曰:「懷其寶而迷其邦,可謂仁乎?」曰:「不可。」「好從事而亟失時,可謂乎?」曰:「不可。」「日月逝矣,歲不我與。」孔子曰:「諾。吾將仕矣。」
  2. 子曰:「唯上與下愚不移。」
  3. 子曰:「由也,女聞六言六蔽矣乎?」對曰:「未也。」「居!吾語女。好仁不好學,其蔽也愚;好不好學,其蔽也蕩;好信不好學,其蔽也賊;好直不好學,其蔽也絞;好勇不好學,其蔽也亂;好剛不好學,其蔽也狂。」
  4. 子貢曰:「君子亦有惡乎?」子曰:「有惡:惡稱人之惡者,惡居下流而訕上者,惡勇而無禮者,惡果敢而窒者。」曰:「賜也亦有惡乎?」「惡徼以為者,惡不孫以為勇者,惡訐以為直者。」

論語微子篇

  1. 長沮、桀溺耦而耕,孔子過之,使子路問津焉。長沮曰:「夫執輿者為誰?」子路曰:「為孔丘。」曰:「是魯孔丘與?」曰:「是也。」曰:「是津矣。」問於桀溺,桀溺曰:「子為誰?」曰:「為仲由。」曰:「是魯孔丘之徒與?」對曰:「然。」曰:「滔滔者天下皆是也,而誰以易之?且而與其從辟人之士也,豈若從辟世之士哉?」耰而不輟。子路行以告。夫子憮然曰:「鳥獸不可與同群,吾非斯人之徒與而誰與?天下有道,丘不與易也。」
  2. 子路從而後,遇丈人,以杖荷蓧。子路問曰:「子見夫子乎?」丈人曰:「四體不勤,五穀不分。孰為夫子?」植其杖而芸。子路拱而立。止子路宿,殺雞為黍而食之,見其二子焉。明日,子路行以告。子曰:「隱者也。」使子路反見之。至則行矣。子路曰:「不仕無義。長幼之節,不可廢也;君臣之義,如之何其廢之?欲潔其身,而亂大倫。君子之仕也,行其義也。道之不行,已之矣。」

論語子張篇

  1. 子夏曰:「日其所亡,月無忘其所能,可謂好學也已矣。」
  2. 叔孫武叔毀仲尼。子貢曰:「無以為也,仲尼不可毀也。他人之賢者,丘陵也,猶可踰也;仲尼,日月也,無得而踰焉。人雖欲自絕,其何傷於日月乎?多見其不量也!」
  3. 陳子禽謂子貢曰:「子為恭也,仲尼豈賢於子乎?」子貢曰:「君子一言以為,一言以為不,言不可不慎也。夫子之不可及也,猶天之不可階而升也。夫子之得邦家者,所謂立之斯立,道之斯行,綏之斯來,動之斯和。其生也榮,其死也哀,如之何其可及也。」

論語堯曰篇

子曰:「不命,無以為君子也。不禮,無以立也。不言,無以人也。」

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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