『論語本』読書案内

論語本読書案内:目次

  1. 宇野哲人『論語新釈』
  2. 下村湖人『現代訳論語』🌞
  3. 武内義雄『論語』
  4. 河北省文物研究所『定州漢墓竹簡 論語』
  5. 藤堂明保『論語』🌞
  6. 吉川幸次郎『論語』
  7. 宮崎市定『現代語訳論語』🌞
  8. 加地伸行『論語』
  9. 佐久協『一気に通読できる完訳論語』
  10. 安冨歩『生きるための論語』⛅→☔
  11. 白川静『孔子伝』
  12. 和辻哲郎『孔子』
  13. 諸星大二郎『孔子暗黒伝』🌞
  14. 高橋源一郎『一億三千万人のための『論語』教室』
  15. 金谷治『論語』
  16. 井波律子『完訳 論語』
  17. 九去堂『論語速読』・『論語詳解』
  18. 付録:古注 皇侃ほか『論語集解義疏』
  19. 付録:新注 朱子『論語集注』

訳者も買って読みました

宇野哲人『論語新釈』

宇野哲人 論語宇野哲人
講談社学術文庫:¥1,925/おすすめ度:便所の落書き


戦前の論語の権威で、東京帝國大學文科大學教授にして、文学博士の筆者による、中国儒者が一杯機嫌で書いたホラや、人を操る悪意の言葉のコピペ本。古注新注をほどよくパクり、戦前のお粗末な漢文レベルに帳尻を合わせた、いわば読者を徹底的に馬鹿にした本。

著者は人間性は良かった可能性が皆無とは言わないが、知能程度は好意的に見積もっても常人以下で、鄭重に自邸に迎えた渋沢栄一翁は、宇野の脳ミソのあまりのあんまりさに、教授とも博士とも先生とも書くのを忘れて「宇野さん」と『論語と算盤』に書いている。

宇野は間抜けにも、生コン屋が立ち並ぶ大阪府枚方市のニセ王仁わに墓を顕彰する事業の発起人となり、帝大教授の名声を遺憾なく発揮してニセモンのホンモン化に尽くした。現在では枚方市が、もし王仁が見たら腰を抜かすであろう、李氏朝鮮風味のテーマパークみたいに整備した。

王仁
また宇野は、日本の漢学界に世襲を持ち込んだ張本人で、世襲が悪いとは言わないが、それは世襲によって技能の伝授ができ、新世代が旧世代と同等以上の能力を保持できる場合に限られる。だが世襲でなった漢学教授は、どいつもこいつもバカばかりで、ただの利権化だ。

宇野の息子はおやじの七光りで東大教授になったが、こちらは掛け値無しの知的低脳(戦前の東大文学部は無試験)に加えて人間性も劣悪で、学生院生をタダでこき使って漢籍の翻訳をやらせ、それを奪い取って出版社に売りつけた。それが明治書院の漢文大系『孔子家語』である。

一読して分かるが、気の利いた中学生でもやらかさないようなデタラメに満ちた本で、奪った原稿を自分で検証することもなく、右から左へ流して金を受け取ったと断定できる。さらにその息子も令和の年号選定に関わったらしいが、どんな人物か知らないし知りたくもない。

下村湖人『現代訳論語』

下村湖人 論語 論語 下村湖人
青空文庫で無料/おすすめ度:タダだからいいんじゃない?


『次郎物語』の作者として知られる小説家による、読みやすい現代語訳。さすが名の売れた作家だけあって筆は立つが、原文から翻訳したかどうかは極めて怪しい。少なくとも、中国儒者のデタラメは全く疑わずに取り込んでおり、タダでなければ世間様に勧められない。

ただしそれは時代的制約であり、下村先生の筆力と人柄の善良は疑えない。先生は揃ってゴロツキばかりだった戦前の文士には珍しく、赤くもないのに軍部への抵抗運動を続けた人である。幼少期からの苦労がひがみにならず人格に実り、教育者としても世間への奉公を続けた。

だから論語に何が書いてあるか興味が無ければ、これで十分であり、金を払って論語の翻訳本を買う必要は、普通の日本人にとってはすでに消失した。その意味で現代日本人に大きく貢献した本と言える。こういう世間を富ます人が、本当の良い人なのだろう。

武内義雄『論語』

武内義雄 論語 論語 武内義雄
岩波文庫・旧版(絶版):アマゾンで¥100程度/おすすめ度:論語ヲタ向け


戦前の論語研究の第一人者で、東北帝国大学の教授だった著者による、原文と書き下しと訳注だけの本。現代語訳が無いから、今日的意味では訳本とは言いがたいが、ただしその訳注や、類書である『論語之研究』は論語を研究する者にとっては必読。これらなしでは始まらない。

河北省文物研究所『定州漢墓竹簡 論語』

定州漢墓竹簡『論語』 河北省文物研究所
文物出版社(中国):アマゾンで¥700程度/おすすめ度:論語ヲタ向け


2020年現在、現存する最古の論語のテキスト。1973年に前漢宣帝の時代の墓から発掘されたが、折しも文化大革命の真っ最中であり、団塊と同世代の紅衛兵の手によって、一旦滅茶苦茶に壊されてしまったらしい。そのためか、もとの竹簡の画像は載っていないし、非公開。

団塊もそうだがヒッピーを含めて、全世界的にあの世代は、ろくな事をしていない。

藤堂明保『論語』

藤堂明保 論語 論語 藤堂明保
学研(絶版):アマゾンで¥2,000程度/おすすめ度:高


漢字音韻学の第一人者で、訳者のアルテマウェポン『学研漢和大字典』の編者による、原文からの現代語訳。書き下しはついているが、原文はついていない。現在の所、一般書としては最も正確な訳本だが、いかんせん古くて、中国儒者のデタラメから免れていない箇所がある。

普通の人でも、まじめに論語を読みたいが、九去堂などの怪しい輩の訳など信用できないという方には、一番良いのでは無いかと思う。なにしろ訳が学問的に誠実なのだ。藤堂博士は知的に誠実な上、真っ赤にかぶれてしまったとはいえ、主義のためなら東大教授も辞める硬骨漢。

惜しむらくはその辞任により、日本の漢文学界がまともになるきっかけが失われたことだ。
藤堂明保

吉川幸次郎『論語』

吉川幸次郎 論語 論語 吉川幸次郎
朝日選書(絶版):上下で¥20,000程度/おすすめ度:バカが伝染うつるから読まない方がいい


戦後の漢文業界で論語の権威として君臨した、京大教授にして文学博士による論語に関するつぶやき集。中国儒者の駄ボラを疑わず取り込むばかりか、大げさな表現で有り難そうにコピペして読者を脅しつけている。漢文読解は中学生レベル。まじめに読む気も無かったのだろう。

つまり訳と言っても、中国儒者のヒョウセツ(=無断のコピペ)。

本文中、京大教授という紛れもない公務員のくせに、「官職に就こうとする者には遠慮が必要である」と説教したり、「ボクのような教養を持たない人間は、人間ではない」と書くなど、気が狂っているとしか思えない。入試に漢文の難問を出して得意がるなど、真正のサド。

戦争中は徴兵を逃げ回り、中国服・中国語で生活し中国人の振りをして官憲の追求を逃れた。戦後は渡航制限の厳しい時代に、用も無いのに渡米しそれを自慢して回った。著作では、一般人にはコケ脅しで、玄人には噴飯物の唐音をひねり回し漢文が読めないのを誤魔化した

また解説と称したつぶやきは、「であろう」の連続で、何一つ断言しない。自分の脳みそと書いたものがデタラメであることを、自覚していたのだろう。一部猛烈なファンがいるらしく、上掲のように法外な値がついているが、昨今便所紙にもならない場所ふさぎな本である。

宮崎市定『現代語訳論語』

宮崎市定 論語 論語 宮崎市定
岩波現代文庫:¥1,430/おすすめ度:高


戦後の東洋史学界の第一人者で、京都大学教授で文学博士の著者による論語の新解釈。中国儒者の駄ボラを排除できていないが、手抜き極まる訳で済ませていたそれまでの訳本と異なり、著者ならではの漢籍の教養で、一応筋の通った現代語訳を書き切っている。

藤堂本と並んで、一般の日本人でまじめに論語を読もうとする方には、おすすめできる。ただし、儒者のデタラメはデタラメと判別できる力は必要。

加地伸行『論語』

加地伸行 論語 ニセ論語指導士養成講座 論語教育不救機構
講談社学術文庫:¥1,793/おすすめ度:クズが伝染うつるから読まない方がいい


大坂大学名誉教授で、文学博士の著者による一応原文からの翻訳。内容的には戦前の宇野本に逆戻りで、宇野が新注古注を足して二で割ったのに対し、加地は新注に傾いた訳をしているのが特徴。つまり儒者の駄ボラのコピペ本で、特徴と言えば加地らしい横柄な言葉遣い程度。

白川静博士逝去後、立命館には後を継げる人材が払底していたと見え、図々しくも加地が後継者の皮をかぶった。だが加地の論語の訳文には、白川漢字学は一切生かされていない。知らないからだろう。まして藤堂音韻学は反映させていない。もちろんこれも知らないからである。

加地は類書の『論語のこころ』で白状しているが、大学院在学中によほどいじめられたらしく、そのひがみを引きずったまま阪大教授になった。だから世の世間師に筆誅を加える白馬の騎士の皮もかぶり、漢文とは全く関係の無い迷惑な悪口本まで出している。

つくづく、皮をかぶるのが好きらしい。たとえるなら、教授に成り上がれたくれ智英ともふさ

加地は漢文には文法があると称して、ただの句法の羅列本を出したが、これが結構売れたらしい。しかし、いちいち読者を馬鹿にした言葉遣いをしないと気が済まないらしく、読んでいると腹が立ってくる。近年では全く裏付けの無い資格発行業まで始めた。

バカのくせに権威者の皮を被って、世間から金をだまし取っているのである。
ニセ論語指導士養成講座 論語教育不救機構

そのくせ「現代日本では道徳が失われた」のたぐいの、偉そうな説教をあちこちでしているが、だったら詐欺まがいの金儲けはすぐに止めるべきだろう。だまし取った金は被害者に返すべきだろう。宇野の息子や吉川もそうだが、漢学教授にはこの手の人間のクズが少なくない。

加地をバカと断じた理由は、21世紀の今、顔回の神格化など儒者のでっち上げを堂々と説くからだ。「テンノーは神サマじゃ」と言い回るに近い。痴呆と解する以外に説明が付かない。それだけならむしろ気の毒な人だが、詐欺の胴元になるに至っては、同情の余地が微塵もない。

また加地は、日本の中国学者にはよくあることだが、徹底的に儒教的な差別の人でもあり、一般人より学者は無条件に尊貴で、私立大学より国立大学の教員は無条件に尊貴だと思っていることが、書いたものからわかる。だから一般人の論語論を「好事家談義」とこき下ろす。

確かに、佐久や高橋や安冨といった、全く漢文を読めない者が論語本を出して売れてしまう日本だから、加地の言うことは当たってはいる。ただし加地自身も儒者のデタラメをパクパク食っており、日本史で言うなら東日流外三郡誌で古代を語るようなことを平気でやっている。

要はこの男、自分とそれ以外しかこの世に居らず、それ以外は全て自分に奉仕すべき食い物と思っている。生物としてはまっとうかも知れないが、人間としてはクズと言うしか無い。そして真面目に辞書を引けない程度には頭も悪い。いったいどこに取り柄があるのだろうか。

佐久協『一気に通読できる完訳論語』

佐久協 論語 佐久協
祥伝社新書:¥924/おすすめ度:ハゲの書いたインチキ


慶應義塾高校の教師だった著者による現代語訳。タイトル通り読みやすいが、当人がコピペと白状するとおり、内容はいたってお粗末で、原文に当たらず自力で訳していない。儒者のホラも疑わず取り込み、現代語訳の言い方を工夫しただけで、素人の思いつきの域を出ていない。

このうすらハゲのインチキ臭さは、こういう所からも見て取れる(S君情報感謝)。男はハゲたら黙って剃る。じたばたしない。ハゲは自分のせいではないからだ。なめらても平気な覚者はハゲ散らし、いさぎよしとせぬ者は剃る。すだれやヒゲで誤魔化す奴は、卑しい人間のクズどもだ。

心して聞け男児諸君! 潔ければ必ず女は寄ってくる! ただし好みの女とは限らない。

慶應の大学院で中国文学と国文学を修めたと言っているが、その割には文法や音韻をまるで考慮に入れないなど、慶應も早稲田と同じ穴のムジナで、カネだけ取って教えない学校なのだと思わせる。武内博士の『論語之研究』は参照しているようだが、理解できているのだろうか。

ま、文学部の院というのは、ろくでもない連中の集まりだから仕方が無いのだが。
大学院生

類書で論語八佾篇8の解釈を、引用詩がエロ歌であったと鬼の首を取ったように自慢しているが、そんなの始めから分かっているわけで、その割には「絵を描いてから白く塗る」など、バカげた儒者のホラに気付いていない。そもそも本章は漢帝国の儒者によるでっち上げだ。

それすら気が付かないで、二龍山で日章旗を振り回す如き得意がりぶりだが、頭が悪い奴ほど思い上がりがひどく、まともな人間から見れば滑稽至極のいい例だ。要は論語をネタにした、思い上がったいかさま師に過ぎない。NHK文化人でもあり、ろくでなしとそれだけで分かる。

下村湖人の訳を、タダで読んだ方がいい。

安冨歩『生きるための論語』

安冨歩 論語
ちくま新書:¥968/おすすめ度:お金持ちなら暇つぶしにどうぞおカマのでたらめ


性別不詳の現役東大教授である著者による、訳本というより論語にかこつけて言いたい事を述べた本。また抄訳であり、全訳ではない。訳のほとんどはどこかの訳本を参照したのだろうが、オトツイの方角に行っており、知らない事を知っていると勘違いしたのを暴露している。

論語 子路 あきれ 論語 孔子 説教
子路「先生、その”ち”って何ですか。ぢの軽いやつですか。」
孔子「バカモノ。ワシ自慢の発明なんじゃぞ? 知っていることを知っていると認め、知らないことは知らないと認めることじゃ。」(論語為政篇17)

ただしこの本は訳者にとっては、こういうサイトを作りもう一度論語をとことんまで読み直してみようという気にさせたきっかけでもあり、その意味では懦夫をも立たしめた実績は一例のみとは言え確認できたわけで、感謝の意を捧げるのにやぶさかでは無いつもりである。

と、多少なりとも好意的に捉えていたのだが、この男(じゃなくて女でもなくて…何と言ったらいいんだろう)、なんと論語の全訳本を超訳と称して売りに出した。知らないことは知らない、というのは、1+1=2でしかないという、初等算術と同程度には事実で動かしようがない。

漢文を読む力が無いのに、訳と称して本を出した。結局この男でも女でもない生き物は、東大教授という肩書きにのぼせ上がる程度には、頭が悪いと判明した。なんだ、ただの世間師ではないか。少しはましな学者と思っていた、自分の眼力の無さを痛感した次第である。

白川静『孔子伝』

白川静 孔子伝 論語 白川静
中公文庫:¥985/おすすめ度:論語ヲタ向け


日本の漢字学の大家による、孔子と論語の解説書。論語や孔子を研究するには必読書だが、恐ろしく日本語が下手くそ。普通の人が読める本ではないし、『大漢和辞典』を毎日一度は引く人以外が、もし読んで分かったと思うなら、それはほぼ間違いなく誤読である。

加えて内容がいかにも古すぎて、すでに今日的価値は消え去りつつある。訳者の今一つのアルテマウェポンである『字通』の編者で、その古漢字形体学は驚嘆のほかないが、理屈は「このだまし絵は私にはこう見えた」の類で、どこまで信用していいかは断言しかねる。

いわば学問における印象派で、自分の印象のみが論拠となる。それは個人的感想ではあり得ても、理論とは言いがたい。「反証できる可能性を持つことが、科学かどうかの基準」という立場に立つ限り。だから今に至るまで人文学の学位は、scienceではなくartsのままなのだろう。
白川静

素人が『字通』を生かじりして、床屋談義で語るのは良いが、武田鉄矢など才の枯れた芸人が、偉そうに説教しているのを聞くたびうんざりする。バカはバカであるという自覚が無いからバカなのだが、バカをバカだと分からない世間が、バカの言うことを真に受けるからだ。

白川漢字学は加藤常賢が罵倒した通り、至って程度の低い部分がある。後漢の『説文解字』に書かれたデタラメを、真面目に検討しないでパクパクと食っている箇所も多数ある。所詮口から出任せでしかないのだ。それがたまたま卓見に見える場合も無くはない、という程度。

しかも『字通』の中で、根拠無しや、現代日本語音で音通(=仮借カシャ。音が同じか近い漢字で当て字をすること)の判断をしている場合がある。仮借文字は漢字の中の一大部族と言って良く、音通の判断がいい加減では、その漢字学を信用するわけにはいかなくなる。

だから『字通』を引いても、記載の音がカールグレン音か藤堂音かそれ以外か、はっきりしない。いつの時代の音なのかも書いていない。漢字学としては致命的な欠陥だ。趣味が高じて世間受けし、文化勲章まで貰っちゃっただけの、珍無類なおじさんと断じて良い。

ただしこと金石文に限っては、日本で唯一頼れる業績を残した。人間は複雑だ。

和辻哲郎『孔子』

和辻哲郎『孔子』 論語 和辻哲郎
青空文庫・国会図書館サイトで無料/おすすめ度:おヒマなら見てよね♡


京都学派の総帥による孔子についての論考。短いし、読みやすい日本語ですぐに読了できる。論語や孔子を研究するなら必読だが、そうでない方には無用だろう。

話は以上なのだが、京都学派については書き加えることがあって、和辻博士や宮崎先生など、中国学に大きな業績を京都学派は残した。だがその本山である京大教授だろうと、知的低脳が紛れ込むのは避けがたく、小川環樹の訳本などは特にひどい。

兄に湯川秀樹博士がいるのにどうしたことだろう。おそらく宇野の息子同様、学生のレポートを奪って出版社に売りつけただけで、自分で訳していないのではなかろうか。京大という学生の質が高い所で給料を貰ったから、孔子家語の訳本のような恥さらしをせずに済んだだけだ。

西田幾多郎 東条英機
また和辻博士と共に京都学派の総帥となった西田幾多郎キタローは、世間を食い物にしたネズミ男で、日本の文系学術論文に、「読めないようにするため無茶苦茶な日本語で書く」という流儀を持ち込んだ。だから西田哲学は、脳みその悪い連中のお手軽な自己実現としてもてはやされた。

何が書いてあるか誰にも分からないから、有り難がられた。当人も分かっていなかったのである。ネズミ男は西洋への劣等感にさいなまれる日本人に、一時的なカユミ止めを与えたが、それでますます日本人の脳みそをダメにした。金に困って軍部のお先棒担ぎもたくらんだ。

だがあまりに人間が卑しいので、東条英機に断られた。ネズミ男は腹を立て、ただし憲兵が怖いから、こっそりと東条の悪口を書き、取り巻きなどに配った。取り巻きどもは諦めず、「近代の超克」と銘打った宣伝会を開いたが、とうとう東条からは、無視されたままで終わった。
西田幾多郎

ただしこのネズミ男、郷里に近い金沢あたりでは、村おこしの材料になっているらしい。ネズミの他に売り出すものが無かったのだろうか。それでも後世の世間をいささかなりとも潤しているとするなら、人間、どこで世間様の役に立つか、わからんものである。

諸星大二郎『孔子暗黒伝』

孔子暗黒伝
ヤングジャンプコミックス:¥792/おすすめ度:誰に勧めたらいいかよく分からん


知る人ぞ知る著名な漫画家、という矛盾した呼び方がぴったりくる漫画家。学習院白バカ派のお手軽な尻馬に見えて、実はものすごい古典や民俗学の教養があることが窺えるので、一筋縄ではいかない。よって、日本の論語本を語る上で絶対に外せないにも拘わらず、その紹介は「読んで下さい」としか言いようが無い。

画風はさすが世代的理由もあって、今日的なコミックと言うより劇画だが、こういう話描くなら今様のキレイキレイな絵じゃだめだろうな~、と思う。一応、物語中で論語の主要な言葉をほぼ網羅している。恐るべきストーリーテラーだ。とにかく恐るべき本。

書店でチラ見

高橋源一郎『一億三千万人のための『論語』教室』

高橋源一郎 論語 高橋源一郎
河出新書:¥1,181/おすすめ度:人間を辞めた害虫が葉っぱかじって出来たコピペ本


バブル期にちょっと名が知れた作家だが、どうやら才が枯れた上にぜいたくが止められず、金に困ったであろう著者による訳本。当人が白状しているように宮崎本のコピペであり、まだ著作権が切れていないはずなのを、どうやって解決したのか不思議な本。

アマゾンのレビューで「高橋源一郎さん独自の視点から論語の真意をついた現代語訳が実に面白い。なるほどそうゆうことだったのかと納得し論語の奥深さを再認識しました」など、信者かあるいは脳みその気の毒なカキコが見られるから、商業的もくろみは達成したのだろう。

こういう、食後にイチゴを一粒食いたいがために、千万人が犠牲になろうとも眉一つ動かさないのは、高橋と同じく団塊の坂本龍一や、司馬遼太郎夫人にも見られる普遍現象。司馬氏は『坂の上の雲』がアジビラに過ぎないことを知っていたから、決して映像化するなと言った。

だが司馬夫人ゆえに贅沢を尽くした婆ぁが、中国の回し者になる程度には没義道なNHKが欲しがったので、映像化権を売り渡したのだ。婆ぁも若い女も昆虫のメスも所詮は同じまん○売りである。いくらでも代わりはいるから、青雲の志熱き青少年男子は、元気を出すといい。

女は徹頭徹尾カネである。否定するなら私の口座に、どしどし振り込んで貰いたい。

高橋は団塊の中でも本物のき○がいで、横浜国大在学中はほとんど講義に出ず、デモばかりした上に凶器準備集合罪で逮捕され除籍されたテロリストである。講義の妨害を快く思わなかったノンポリではない。京大に落ちているが、受かっていたら宮崎博士を吊し上げただろう。

宮崎本=『論語の新研究』が岩波書店から出たのは1974.06.20である。治療と称して勝手に人間の脳を切り刻み、深刻な後遺症を残したロボトミー手術が日本から廃止されたのは、その翌年のことである。ならば高橋氏は老耄をロボトミーでなんとかして貰ったらどうかと思う。

よろしかろう。ロボトミー開発者はノーベル賞受賞者という、氏のお好きな権威なのだから。

訳者の検証では、宮崎本は今なお参考とすべき点を多少持っている。ただし一度読めばそれで仕舞いの本でもあり、時代的制約からすでにこんにちでは明白な誤りと言わざるを得ない説を含んでいる。それを理解する脳も無いから、ロボトミーを讃えるに等しいことを書くのだ。

自分で訳もせずに「一億三千万人のための『論語』教室」とは。こういうやからを論語では「道聴途説」(論語陽貨篇14)というのである。自分ではぜんぜん論語が分かっていない証拠ではないか。教えてやろうとはイタい爺バッタだ。思い上がった誇大妄想も、たいがいにするがいい。

だから高橋のような団塊世代を一匹残らず始末しない限り、日本の復興は無いと言う。
人間と団塊 サバクトビバッタ

買ってないし読んでないし多分ずっと読まない

金谷治『論語』

金谷治 論語
岩波文庫:¥1.650/おすすめ度:お金があるなら買ってもいいんじゃないかな


東北大学で武内義雄の後継者を務めた著者による完訳本。他の著作を読む限り、金谷博士の漢籍和訳は学問的に誠実で、買っても損はしないと思うよ、たぶん。ただし保証しろと言われても困ります。

井波律子『完訳 論語』

井波律子 論語
岩波書店:¥3,080/おすすめ度:お金があるなら買ってもいいんじゃないかな


金沢大学教授を務めた著者による完訳本。他の著作を読む限り、井波先生の漢籍和訳は学問的に誠実で、買っても損はしないと思うよ、たぶん。ただし保証しろと言われても困ります。

無料で読めておすすめ

九去堂論語速読』・『論語詳解

論語 九去堂 ロゴ論語 訳者
このサイトで無料公開中/おすすめ度:最高と言いたいのは山々


いくらタダで公開するとは言え、漢学教授どもがやらかしたデタラメや没義道に腹を立てたから始めたわけで、その趣旨から、いい加減な訳は全く行っていない。儒者どもと違い、意見は論拠を付けて提示しているし、一通り藤堂音韻学と白川漢字学を学んでから訳出している。

こういうサイトを開いていると、「この漢文の意味を教えろ」だの、「急いでこの漢文を翻訳しろ」だの、人を奴隷扱いするクズなカキコが飛んでくるし、時間を掛けて調べた上で返事しても、「ありがとう」の一言も無い。覚悟はしていたが、そろそろ腹が立ってきた。

またこちらや上記の通り、漢文業界は大学教授から物書きから世間師から学生まで、微塵も信用できない人間のクズがほとんどなので、付けたくも無い威嚇をするしかない。まあ威嚇と言っても事実の裏打ちはあるから、いつでも○はぶった斬れるし、素手で○ね○すのも簡単だ。

まじめな武術には、解剖学が付きもので、喉をつかんで上から○番目の骨を親指と人差し指の先でつまんでちょいと○を○れると、「ぺち」と音がして人はそれきり○を○なくなる。これは何のためかと言えば、人を指先で○す法を知らないと、人の瀕死を救えないからだ。

まあそれゆえもあって、訳者は上級救命資格の更新を続けている。現代医療のなお及べない山奥で、なすすべも無く死んでいく人の死には立ち会ってきた。願わくば二度と見たくない。だからこの裏付けで、おまわりやバカがきとかの返り討ちは、何度もやった。はっはっは。

気に食わないならいつでもおいで。その代わり、人を傷付けるなら、腕の二三本は覚悟せよ。

付録

古注『論語集解義疏』

論語 古注 孔安国 論語 古注 馬融 論語 古注 鄭玄
論語 古注 何晏 論語 古注 皇侃 論語義疏
中国哲学書電子化計画で無料公開/おすすめ度:論語ヲタ向け


「ろんごしっかいぎそ」と読む。現存する最古の論語の注釈本で、古いのは紀元前の前漢時代の儒者によるものが収録されているが、実はその実在すら怪しい人物で、おおかたは後世の儒者官僚がでっち上げた架空の人物だろう。その冒頭を三行だけ引用してみる。

臣等謹案論語集解義疏十卷魏何晏解梁皇侃疏晉書載鄭沖與孫邕何晏曹羲荀顗等共集論語諸家訓詁之善者義有不安輒改易之名集解今本乃獨稱何晏考陸徳明經典釋文於學而第一下題集解二字註曰一本作何晏集解是獨題何晏名其來久矣殆晏以親貴總領其事歟

句読点が無いからといってビビってはいけない。これぞ本物の白文だからではなく、ろくでもないことしか書いてないからだ。儒者は論語にかこつけて、自分の鬱を吐き出したり、自分だけ儲かるような宣伝を言いふらしているだけで、言っている事に根拠は全くない。

しかも後漢あたりは、儒者の偽善の絶頂期。だから怒り狂った曹操とかにブチ殺されたのだ。

儒者
これは下記する新注も同じだが、帝政時代の官僚儒者というのは、ワイロは取り放題、平民はいじめ邦題、仕事はやらず放題で、やるのはポエム作りと揚げ足取りだけ、およそ最悪の人間と言ってよい。古注はそうした連中にとって、「古い」という理由だけで珍重されてきた。

ところが史記と同様、中国人は一冊残らず焼いてしまった。わずかに日本に伝わり栃木の山奥に一冊だけ残ったのが、江戸時代の大坂で刊行された。それを取り寄せた清朝の儒者は驚喜したが、早速開いて読んだとたん青ざめた。首をねられかねないことが書いてあったからだ。

論語 孔子 熱
土人どもがいくらお行儀が良くなったからと言って、所詮は土人だ。(論語八佾篇5)

当時中国は紛れもない土人である満洲族の支配下にあり、土人呼ばわりはたびたび取り締まりにあって首を刎ねられていた。慌てた儒者は本屋とつるんで、都合の悪い箇所を誤魔化して出版した。儒者の意見を有り難がるのがどんなに馬鹿馬鹿しいか、これで分かるだろう。

新注『論語集注』

論語 楊時 論語 程伊川
論語 朱子 新注 論語集注
中国哲学書電子化計画で無料公開/おすすめ度:サディストと論語ヲタ向け


「ろんごしっちゅう」と読む。上掲の古注が滅びてしまった原因を作った、南宋の朱子がまとめた当時の論語注釈本。だが内容は古注と同様、儒者の個人的感想であり、根拠が全くないホラ話だ。それだけならまだいいが、軍国主義者で真正のキチガイだった朱子はこう言う。

愛して苦労を掛けないようにするのは、鳥や子牛を可愛がるのと同じだ。真心があるのに教えないのは、女やタ○無しのすることだ。愛すればこそ苦しめる。そうすれば愛は深まる。真心があるからこそ無知を教えてやる。そうすれば真心は一層偉大になるのだ。(論語憲問篇8の注)

やはり儒者の意見を有り難がるのがどんなに馬鹿馬鹿しいか、これで分かるだろう。朱子は慕い寄ってくる弟子をも毎日罵倒していたことが、書いたものや弟子による記録から知れる。気が狂っているならせめて学問的に役立つことが書いてあるかと思えば、全てホラ話ばかり。
儒者のホラワーレ姐さん:拙作『КВАНТ(クワント)』より。

なお、論語をタネにした儒者のホラ話本はこのほか、宋のケイヘイの『論語注疏』や清の劉宝楠の『論語正義』などがある。人間のクズの吉川は、これを有り難そうに引用してもったいを付けてコピペしているが、個人的感想に過ぎないデタラメである点、古注・新注と変わらない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)

コメント

  1. […] 東大教授という肩書きにのぼせ上がったのだ。知るを知ると為し、知らざるを知らざると為せ。これ知るなり、と論語に書いてあるのだが。原文が読めないのに、訳本とは笑わせる。クズで団塊の元テロリスト、高橋源一郎や、いんちきハゲの佐久協と仕出かしたことは違わない。 […]

  2. […] だから安冨のようなオカマが、平気でウソの本を出せる。恥ずかしい事をしているという思いは、佐久協の毛ほどもあるまい。つまりオカマ当人を含めて、論語に何が書いてあるかなど、世間の誰も興味が無いのだ。だからこそ私は暇つぶしで、論語の訳などするわけだ。 […]

  3. […] 和辻博士の言うことは、その分割り引いて聞かねばならない。その属した京都学派も、うさんくさい連中の集まりで、親分格の西田キタローは、俗物極まるネズミ男で、日本の文系論文に分けの分からない言葉で書くという流儀を持ち込んだ。金に困って軍部の先棒をかつごうとしたが、あまりに人間が卑しいので、東条英機に断られた。和辻博士にも油断は出来ない。 […]