論語に用いられた漢字

漢字の歴史

論語 カーラ
みなさんこんにちは。アシスタントAIのカーラです。今回は、論語に用いられた漢字と、そこから分かることについて解説します。

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まず始めに、漢字の歴史から説明しましょう。漢字が生まれたのはいつの事か、まだはっきり分かっていません。伝説によると、蒼頡ソウケツという四つ目の賢者が、鳥の足跡から文字を思いつき、漢字を発明したと言われます。しかし膨大な文字が、一人の天才の発明とは思えません。

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漢字が史料として出土するのは、殷王朝後期のBC1,300年代からで、甲骨文字と言います。甲骨文字は動物の骨をあぶったヒビによって占ったあと、結果を刃物で彫り込んだ文字です。それ以前の遺跡からも文字状のものは見つかっていますが、まだ文字と確定していません。

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甲骨文字はまだ出土が続き、全て解読されたわけではありません。しかし現在の漢字の全てが甲骨文字にさかのぼれるわけではなく、論語に用いられた文字もその多くが、甲骨文では見つかっていません。例えば「論」という字は、甲骨文にはなく、戦国時代になって現れます。

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甲骨文の次に現れたのが、青銅器に彫り込まれ、または鋳込まれた金文です。「金」とはもと青銅のことで、それゆえ金文と呼びます。金文は古いものでは殷の甲骨文と同時代のものから、新しいものでは戦国時代(BC400年頃~BC221)まで長期間用いられました。

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それゆえ時代によって、鋳込まれた青銅器によって、かなり書体が違っています。現代では一つの漢字として形が確定している文字も、金文ではさまざまに書き分けられたのです。そして論語の時代は、この金文の時代と重なります。では弟子たちは金文でメモしたのでしょうか?

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そうとは断定できないようです。見ての通り金文は筆で竹札に書くには、かなり面倒な形をしています。論語の時代の筆記材料は、主に竹札や木札でした。すでに筆と墨は発明されていましたから、より書きやすい書体で書いたはずです。それが金文の次に現れた古文でした。

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古文とは、孔子一門が住んだ魯国など、東方諸国の古い書体を言います。対して西方の秦国で用いられた文字、南方の楚国で用いられた文字もありましたし、東方諸国の中でも書体はかなりまちまちです。ですからこれが元の論語で使われた文字だ、と断定することは不可能です。

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ただし金文や古文の形から、孔子先生在世当時の雰囲気を窺うことは出来るでしょう。しかし古文はやがて、戦国時代の終わりと共に急速に滅びることになりました。始皇帝による文字の統一政策で、かなり短い期間のうちに、各種の古文は秦の文字に置き換えられたからです。

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BC221年に中国を統一した秦帝国が制定した文字は、秦の金文である大テンをもとに、やや簡略化された文字です。これを小篆、または篆書と言います。画像下が篆書です。しかしそれでも文書行政には不便だったため、さらに簡略化されたレイ書も使われました。画像上の文字です。

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隷書は漢字の歴史に詳しくない方でも、容易に読み取ることが出来るでしょう。隷書は漢帝国での標準文字となりましたが、それでもまだ装飾性の強い文字です。前後の漢帝国が滅び三国時代になると、より書きやすい楷書が現れ始めました。これが現在の漢字へと至る歴史です。

論語の文字表記

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上で解説したように、残念ながら弟子たちがどのような文字で孔子先生の言葉をメモしたか、現在では分かっていません。しかし論語の時代にどのような文字表記がされたかは、かすかながらに分かっています。

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漢文の原書をご覧になったことがある皆さんは、そこに句読点がないと気付いたでしょう。漢文では長い間、句読点(、や。)を付けずに、長文はつなげてそのまま書きました。孔子先生の後継者が、初めて論語の冒頭を記した際は、横書きにすると以下のようだったでしょう。

論語 第一句

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上は機械的に金文のデータに置き換えたもので、あくまでも想像図です。またさまざまな出土史料からの寄せ集めで、青銅器に鋳込まれた文字ではあっても、書体は必ずしも統一されていません。例えば魯国の隣国・斉国では、細長い金文が用いられたと分かっています。

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また論語時代にはまだ紙がなく、孔子先生や弟子たちは、薄く細長く削った木や竹の札=簡に一行ずつ文字を記し、それを革ひもで綴じて本にしました。下の画像はその例ですが、書体は秦から漢の時代に使われた、隷書になっていることに御注意下さい。
論語 竹簡

論語 カーラ 論語 説文解字
この隷書に対して論語時代の書体はより絵文字に近く、文字を覚えるのは現代以上に困難だったはずです。ただし漢字の数字体は、現代よりはるかに少数でした。AD100年頃に世に出た中国初の字書『説文解字』には、9,353の漢字しか載っていません。

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つまり全部の言葉が文字化されてはいなかったのです。これに対して現代日本の『大漢和辞典』には、54,678もの漢字を載せます。これには異体字がかなり含まれ、2017年に台湾で発行された『異體字字典(第六版)』では、106,330に上る漢字が収められていると言います。

論語 カーラ
この漢字の数の増加から、もう一つ論語で言えることは、用いられている漢字がどこまで古くまでさかのぼれるかによって、その章の成立の時期をおおまかに推定できることです。例えば隷書以降でしか見られない文字は、ほぼ漢代になってからの成立だ、とわかるのです。

論語 カーラ 古論語
現伝の論語の母体となった古論語は、古文で書かれていたことは分かっていますが、本そのものは失われてしまいました。ゆえに古論語以降に書き加えられた部分を、これがそうだ、と断定するのは難しいのです。しかし一つのアプローチとして、書体を利用できるのです。

論語 カーラ
ただし注意が必要です。現在発掘されていなくても、古い漢字が記された遺物が地中に眠っていたり、すでに朽ちて無くなってしまった可能性もあるからです。ですから論語の各章の史実性は、文法や扱った物事や思想の古さにも頼って、少しずつ求めるしかないのですね。

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以上、論語と漢字の関わりについて解説しました。長々とお読み下さり、ありがとうございます。どうぞみなさん、ごきげんよう。


参考文献:

浅野 裕一「論『論語』」島根大学教育学部国文学会 国語教育論叢 21, 119- 128, 2012-03-31

大修館書店 阿辻哲次『図説漢字の歴史 普及版』初版第7刷(1994)

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