日本儒教史(下)~戦後

日本儒教史 目次

1.日本漢学前史~江戸初期までの漢文業界と論語
2.ラーメン屋の熱血おやじ~江戸時代の漢文業界と論語
3.渋沢栄一翁の落胆~明治の漢文業界と論語
4.たわけの集まり~戦前の漢文業界と論語
5.団塊の占拠~戦後の漢文業界と論語
6.そして恐喝と霊感商法へ~近年の漢文業界と論語
論賛 訳者九去堂曰く

5.団塊の占拠~戦後の漢文業界と論語

  • 卑劣漢とばか者どもの交代

漢学教授の頭の悪さは、戦後にも引き継がれた。人づてに聞いた話なので事実は保証しかねるが、ごく最近東大史料編纂所の教授が、「戦国時代の新潟平野に上杉謙信が拠点を置かなかったのは愚かであった」と言ったらしい。沖積平野に人が住めるようになる前に、という話は。

気の利いた高校生でも知っている。やはり文字が読める日本人の中で、最も頭が悪いままだ。

罪の無い大勢の人々を死に追いやりながら、漢学者は戦後になっても目が覚めなかった。戦前、狂信的右翼儒者としてテロリストを養成した安岡正篤は、自分が危なくなると同志を売ったが、戦後はのうのうと生き延びて「政界の影の軍師」として歴代首相の師となった。

この意味で日本とは、なんと不幸な国だろう。少しでも小ましな知識を持った連中が、そろって真っ赤になって戦争責任を誰かになすりつけたため、現実政治家は意見を聞こうにも、真っ赤でないのから選ばざるを得ず、安岡のような人でなしを頼りにするしか無かったのだ。

安岡正篤 細木数子
安岡は占領軍の政策できちがい神主の類が公職追放されると、ほぼ唯一の相談相手になった。真っ赤な連中に秘密を明かせば、そのままソ連やら中国やらに筒抜けだったからである。その安岡は、女色を偉そうに戒めておきながら、自分は商売女の金づるとなって生涯を終えた。

戦前、気の狂った漢学者の拠点だった大東文科学院は、戦後さすがに湯水の如き税金交付を止められ、普通の大学に衣替えした。だが相変わらずおかしな教育をやめなかったらしく、浅沼殺人事件の犯人や、ここに書けない不名誉沙汰を繰り返して、都心から追い出された。

さて戦後の漢学界を代表するのに、中国音韻学の藤堂明保、中国史学の宮崎市定、漢字学の白川静を挙げたい。他にもわずかに碩学は出たが、中国文学の吉川幸次郎など残りは学ばず働かず遠慮せずの、中国人そっくりの福禄寿(色事・カネ・長寿と健康)の奴隷でしかない。

戦争が始まると宮崎市定は応召して中国へ出征した。藤堂明保は海外にいたにも拘わらず現地で応召した。白川静がなぜ引っ張られなかったのかは明らかでない。吉川幸次郎は一旦中国に逃れた後帰国して京大に引き籠もり、明確に徴兵から逃げ回って逃げおおせた。

菊池寛 白洲次郎
戦時中軍部に手を貸した菊池寛は、敗戦後なじられると言った。「国じゅうが戦争をしていたんだ。協力するのが当たり前だろう。」従軍したから立派だとは言えないかも知れない。だが白洲次郎のうさんくささが、カネとコネで徴兵から逃げ回ったことにあるのは疑えない。

訳者は学生の頃、「教壇から偉そうに説教を垂れているこのじじいは、ウチの爺さんと違ってなぜ従軍しなかったのだろう」と不思議だった。渾身の力でカネとコネを使ったのだろうが、自分から白状するとは思えないし、そろそろその世代は死に絶える。終に真相は闇の中だ。


やはり徴兵を逃げ回った戦後の東大教授・西嶋定生さだおは、その論理は三段論法も怪しかった。西トルキスタンの定義を東トルキスタンの西だといい、東トルキスタンは西の東と書いた。まともな高校一年生なら必ず知っている形式論理を、文学博士の東大教授がまるで知らなかった。

事は漢学教授に限らない。ざっと文系の大学教授と新聞記者と物書きは、およそ文字が読める日本人の中で、最も頭が悪かった。だから天皇の写真を拝んでいた変な奴が、敗戦のとたん真っ赤になった。頭が悪いから事の軽重や善悪が判断できず、志操を堅固に出来なかったのだ。

東大在学中に海軍に志願し、戦後作家になった阿川弘之は、そうした連中を軽蔑して「志賀直哉流には”安普請”と言う。風向きが変わるとすぐにガタが来る」と『海軍こぼれ話』に書いた。徴兵を逃げ回った漢学教授の志操が堅固なわけがなく、学生を説諭出来るわけもない。

論語 藤堂明保
仮に志操を堅固に出来る智能を持っていても、藤堂明保は文革中の中国にかぶれ、あたら大才が一時の発憤から東大教授を辞めてしまった。個人的には立派と思うが、漢学界にとっては大打撃で、せっかく芽生えかけたまともな漢文の研究の芽が枯れてしまった。

それ以外の知的にも志操的にも心細い教授が巣食う大学へ、団塊世代が大挙して押し寄せた。団塊は敗戦で茫然自失中の親が、他に娯楽も無いゆえ大量発生させた生物である。ただし親も世間も自失中だったから、何一つ躾を受けず放置された。だから長じて魔物モンスターになった。

戦前のたわけの再来で、老いた今なお、討伐されない魔物のまま人畜有害でいる者も多い。

団塊
甘やかされた団塊は、授業にも出ずデモアオカンテロを繰り返した。その結果大学は機能不全に陥った。何一つ学ばない団塊は恐ろしく基礎学力が無い上に、遠慮を知らないからどこへでも図々しく押しかけた。テルアビブまで行って銃を乱射したのはその一例である。

プラウダ 人民日報
もちろん大学の研究室にも押しかけ、そして居座った。団塊あたりの世代の教授は、頭が悪いから研究など出来ようもなく、プラウダイズベスチヤ人民日報のコピペで論文の代わりにした。もともと頭の悪い者しかいなかった文学部の教員に、図々しさと強欲が加わった。

団塊は過去の歴史にも文句をつけた。マルクス史観に適さない存在は、軒並み悪党にされた。だから赤くない者まで、怖がり遠慮してブッダを「執政官の子」と書いた。きわめてふざけた話である。君主がラージャを名乗り諸国も認めているなら、それは国王でなくて何だろう。

これを学界の変態メタモルフォーゼという。

真っ白な痴脳に真っ赤な欲望を詰め真っ黒な腹をたるませた団塊は、人間どころか哺乳類も辞めたと見え、生態がサバクトビバッタそっくりになり、外見まで赤黒く染めて、稼ぎもせぬ高給や法外な退職金や尽きかけた社会保障を食い荒らし、老いてなお遺伝子を撒き散らしたがる。
人間と団塊 サバクトビバッタ

論語 孔子 説教
孔子「ガキの頃から悪たれで、大きくなってもろくな事をせず、ジジイになってもまだ図々しく生きていやがる。お前みたいなのを、穀潰しと言うんだ。ぶん殴ってやる!」(論語憲問篇46)

中国史全般に興味を持って、一般人も読みたがる論文が書けたのは、宮崎市定を最後に絶えた。対して団塊は赤い紙をパクりつつ、自分の無見識を隠すため、他人のあら探しに狂奔する一方、自分の論文は「某時代某地方における肥溜めのニオイ具合の研究」の類だった。

他人の参考になるようなテーマで書くと、読まれて足を引っ張られたからだ。加えて滅茶苦茶な日本語で書いた。誰も読みたがらないようにして批判をかわすためだが、書いた当人も何が書いてあるか知らなかった。日本語が不自由な上知らない事を書いたのだから当然だった。

論語 白川静
知っていることを書いても白川静のように、生涯日本語の不自由が治らなかった漢学教授もいた。『孔子伝』は今も論語と孔子研究の必読書だが、恐ろしく難解で言い廻しが回りくどい。おそらく平易に書けば分量が半分にはなるだろう。書き手も論理が整理できていなかった。

だまし絵 だまし絵
その漢字学は前世紀末以降もてはやされたが、だまし絵とその解釈に似ている。「この線が自分には○○に見えた」というのがその理屈で、個人的感想に過ぎないのは儒者と同じだった。ただし恐ろしいほど大量の漢籍を読み込んでいるので、聞く者は黙るしかなかった。

無論その漢字学が全てデタラメではない。だが反論の出来ない説は個人の感想であって論理にはならない。この点藤堂流の音韻学は、海外にも音韻学者が多数いて、常にそれらからの批判の緊張に耐えねばならなかった。どちらが個人の身勝手を排せるか、言うまでも無い。

ただ藤堂音韻学にも限界はあり、司馬遼太郎がとある漢字の古代音を聞いた所、藤堂明保は口の奥から何やら不思議な音を発したとからかっている。一応中世の漢籍音韻書に論拠はあるが、それら数種の音韻書全てを読破していない者には、非常に妙ちきりんに聞こえる。

そもそも漢籍を書いた中国人が、揃って息をするようにウソをつく

だからさすがに世間も漢学教授をおかしいと思い始めた。その言い訳のため、例えば漢学界では漢籍の訳本を出すのが流行った。中共と国交を結んだ直後からの日中友好ムードも後押しした。それはこんにち、中共当局による日本浸透工作の一環だったことが明らかになっている。

NHKも「シルクロード」を流した。中国政府は日本人を丸ごとだませるなら安いものだと、核開発の中心だったロプノール寸前まで取材を許した。呆けた取材陣はアホ面を提げて官製の”現地住民”の”熱烈歓迎”を受けながら、嬉しそうに下手くそな北京語で”ニイハオ”を繰り返した。

こ奴らも漏れなく団塊。中国語を習った者なら、聞いて顔から火が出るほど恥ずかしい。

そんな厚遇にありつけなかった漢学教授は、訳本を出そうにも漢文が読めなかった。そこでゼミと称し学生や院生に漢籍の書き下しと訳を命じ、提出されたレポートを丸ごと横取りし、自分の名を付けて出版社に売り渡した。学生院生の名はただの一つも翻訳本に書かれていない。

だが書き下しと訳の善し悪しを判断する脳が漢学教授に無かった。だから「気は確かか」と言いたくなるデタラメが、平気で明治書院の漢文大系に載っていたりする。これは自分で原文に当たって検証しないと分からないことで、ゆえに日本でバレる気遣いはほとんど無かった。

ただ吉川幸次郎や加地伸行のように、多少は漢文が読める者もいた。ただし中国儒者の注と称した個人的感想を疑わずに取り込み、自分で漢字の意味を調べ論語などの真意を知ろうとする気がまるで無かった。これも世間に漢文の読める者がほぼ皆無だったから、それで通った。

論語 吉川幸次郎 論語 王引之
例えば既存の論語本では吉川本で「亦」について、「語調を緩やかにするために、加えられた、ごく軽い助字」とし、清儒の王引之を引いて、「…というのこそ、古代中国語についての権威者の説として、傾聴すべきである」と有り難そうに書くが、王引之の説に根拠がない。

論語第一章「学びて時に」の「時」の解釈について、中世の中国儒者は「学問というものは毎日休まず続けるもので、片時もやめてはならない」と言った。これは個人的な鬱を吐き出したものではあっても、論語のここがなぜそう読めるかという説明にはなっていない。

近世の朱子は自分で見解を書かず、当時の学界の権威の言葉をコピペして茶を濁した。儒者の注とはそういうものだ。日本の漢学教授だけでなく、中国の儒者も論理は恐ろしく苦手で、子供のような屁理屈しか言えない。あまりに福禄寿の奴隷のため、欲ボケし切っているからだ。

論理が分かるとは、つまるところデータを取り数式から絵図グラフが引けることに他ならない。
論理
彼女の絶望は、果てしなく深い。最も明るくしたら、最も闇だと言われたのだ。

中国人は春秋のはるかな遠くに三角法を見出しながら、ついに数学をまともな学問として扱わなかった。最後の数学者と言える邵雍ショウヨウは、北宋の滅亡とともにその業績が消え果てて伝わらなかった。宋は最後のまともな政権である。その滅亡と共に、文明と言える中国は滅びた

そののちは昆虫や爬虫類の如き、奇態な進化を続けた特定ホモ・サピエンスの物語である。

数理をまともに受け入れられないのは日本人も同じだ。その上一般に日本の理系人は、故竹内均博士などの例外を除いて、世間に数理を説明しようとしてこなかった。もっともそれは私立文系バカやただのバカの脳みそが、あまりにお粗末な事実を割り引いてやらねばならない。

ともあれ漢学教授の搾取は、極めて日本らしい利権構造だが、土建業界の孫請け四次請けですら、無給はあり得ない。漢学界はもっとたちが悪い。学費を取っているのである。そのくせ一昔前までは、社会主義者の巣窟だった。搾取をしている当人が、階級闘争を説くのである。

主義主張は当人の自由だが、言うこととやることが全然違う人の説教を、真に受けろというのは無理である。しかも日本の漢文業界では少なくともこの半世紀、こうした搾取構造がまかり通ってきた。だからこそ漢学は世間から見放され、こんにちただの好事家趣味に墜ちた。

渋沢栄一 論語と算盤
さもなくば、「ビジネスに生かす○子」のたぐいの、気の毒な人をたぶらかし金をせびる、新興宗教まがいの稼業になった。『○子』で儲けたと確言したのは、渋沢栄一翁ぐらいしかいないというのに。要は誠実に原文と向き合った漢文業界人は、指折り数えるほどしかいない。

本当に孫子の言う通り商えば、収監されるのは必定で、老子はどうとでも解釈出来ることしか言わず荘子は誰も彼もバカにし切っている易は金箔付きの黒魔術だ。漢文業界人はそれを知ってか知らずか、聞こえのいいように書き換えて、多くは読者を食い物にしてきただけ。

それは多少は世間にバレたかも知れない。かつてお仲間だったメディアから、漢学は締め出されたからだ。改革開放の当時、すだれ頭の世間師が、一般に「トウショウヘイ」と呼ばれていたトウ小平を、得意げに「デンシャオピン」と棒読みし、テレビの論者としてもてはやされた。

現代北京語に濁音は無い。邓小平はトゥンッ・スィアオプィンッと読めば近い音が出る。

要は欧米人が中共に遠慮して、中国語表記をピンイン(中共の定めた発音記号)に代えたゆえ、Deng Xiaopingとあったのを、世間師はパクって知ったかぶりをしたわけだ。中国語を習って二日もすれば、決してやらかさない間違いである。ただのアメしょん爺いだったのだろう。

ただで済まなかったのは漢文読みで、大学でどんなに漢文を学ぼうとも、小中高の教員になるしか行く先が無くなった。加えて読めるようになるためには、教職など取っている余裕はとても無いから、漢文が読めるようになるほど行き場を無くした。漢学界は滅んだのである。

そもそも漢文の読み方を教えられる教員が、絶滅時点寸前のトキ級に居ない。訳者は私立文系バカに過ぎぬが、それでも競争率18倍以上の入試を突破しインチキ大学とはいえ私立で一番難しいのに入った。だが漢文の読み方を、ただの一度も教わったことが無い。全て独学である。

ゆえにこの先よほどのことがなければ、漢学は好事家の趣味へと、江戸以前の日本の姿へ戻っていくはずだ。以上は概ね時系列に沿って、事実を記してきた積もりだが、思い込みや調査不足、資料の読み誤りなどが多分にあると自覚している。諸賢のご指正をお願いしたい。

読んで貰うために多少の脚色はやむを得ないが、嘘を書いたら誰にも信じて貰えないから。

6.そして恐喝と霊感商法へ~近年の漢文業界と論語

  • 大学教授の詐欺師とヤクザ、そしてネギを背負いたがるカモの集まり

近年は更にひどい。某元教授が怪しい資格商売を始め、動画を垂れ流すだけで、ニセ論語指導士養成講座と称し、認定料を払った人にのみニセ論語指導士の免状を出し、世間に講釈させている。ディプロマミルより悪質だ。セビリアの理髪師ならぬ、せびり屋の詐欺師でなかろうか。

(※画像と本文は一切関係ありません)
論語講釈士養成講座 指導動画 論語教育不救機構
加地 伸行・大阪大学名誉教授は、「今日の日本で、文化・教育において最も軽視されているのは道徳であり徳性である」と『論語のこころ』で断言しておられる。だから論語を専門とした元教授だろうと、実は徳性のかけらもまるで持ち合わせていないのは、むしろ当然と言える。

また加地名誉教授こちらの動画で、論語を解説して「自分の幸せだけでいいのか」と二回にわたって力説しておられるが、元教授のような人間のクズにとっては、自分の幸せだけでもちろんいいのだ。これでいいのだ、と戦後に流行った漫画の名文句を思い出す現象である。

ならば西から登った太陽が、東に沈むような驚天動地も許されることになり、言っている事とやっている事がまるで違っても、元教授のような不思議な生物の脳内では、論理的整合性がとれていても不思議は無い。ただし北から登ったテポドン同様に、世間の迷惑には違いない。

論語 孔子
人は老いると、寂しさから強欲に走りがちなので、気を付けなさい。(論語季氏篇10)

公的風味の団体を設立して開帳したと聞くから、大がかりなシノギと言うべきだ。しかも認定料・受験料の他に、弁護士まがいのバッヂまで高値で売るが、なんとカモであるニセ論語指導士の側が欲しがったから、という噂を聞いた。我からネギを背負う者もろくな人間ではない。

自分がニセモノと知っているから、コケ脅しにそんなものを欲しがるのだ。

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首から免状を下げて診察する医師はいない。資格無しでも腕のいい棟梁にはお呼びがかかる。お巡りが職質で手帳を見せびらかすように、バッヂの類は人を脅すための道具でしか無い。空き瓶の栓で、気の毒な人から金をたかろうというのである。どこまで人間が下劣なのだろう。

だが鴨長明と言うぐらいだ。この図々しさなら長生きするのだろう。

論語 孔子 不愉快
バカに付ける薬は無いな。(論語陽貨篇3)

一つの技が出来るようになるには、3年は必要だろう。その道について語るなら、10年の修業が要る。さらに人様に教えるならば、加えてセンスも不可欠だ。そうでなければインチキだ。動画を見ただけで、論語や漢文が読めるようになると思うなら、それはめているのだ。

論語 孔子 遠い目
あのな、誰でもドアから外に出るだろ。どうしてまともにやらないんだ。(論語雍也篇17

漢文が日本語の一部だった時代はとうに終わった。漢文で手紙が書ける者などイリオモテヤマネコ級に居ない。つまり漢文は外国語の古文だ。半端な英会話ですら学校に行くのに、古典ギリシア語ラテン語サンスクリット語が、動画を見ただけで読めるようになるわけが無い。

漢字だから分かると思うなら、漢文で手紙を書いてみるがいい。しかも独擅場→独壇場のように、意味も音も形も違う誤用が、日本語の漢字にはべったりと貼り付いている。漢文を読むなら、最低限『大漢和辞典』全十四冊組みは手元に所持して、しかも使いこなせねばならない。

繰り返すがそれは最低限で、そんなことは元教授も知っているはずだが。

その免状持ちから、訳者に横柄な質問が来たことがある。頭に来かけたが、読めもしない論語を、平気で金を取って人様に講釈するやからにふさわしい、と思い直した。かようにニセ論語指導士はハッタリだが、そもそも孔子は”ハッタリをするな、徳を養え”と重ねて論語で説いた。

論語 孔子 激怒 論語 子路 あきれ
コラ子路! またお前のハッタリか。世間はだませても天はだませないぞ。(論語子罕篇12

徳とは道徳ではなく、ハッタリと対極の概念で、個人の人格力と、その効果を言う。漢籍を調べればそれがわかる。だが件の元教授は、儒者の受け売りで訳を済ませ、コピペの事実を黙っている。偉い人ほど無能なのは我が国の常だが、かほど人品まで陋劣な業界を他に知らない。

俗に「悪党を懲らしめて食う飯は旨い」という。大いに賛成で、元教授はニセ論語指導士という小悪党から金を巻き上げているのだから、一見倫理的に見えなくも無いが、居ない所へ我から小悪党を量産する奴は、それは大悪党に他ならない。良心の無い人間にしか出来ない事だ。

論語 藤堂明保
孔子が怒っていることが、たたみかけた語気からして看取されよう。

…孔子は…召使いとか臣下とかいう古い身分制度を、頭から否定して、人と人との対等の人間関係を目指した。…古い制度の頭が残っている子路が、忠義ぶって孔子の最も嫌いな臣という身分の者をこしらえて、師の最後を飾ろうとした。それがよほどカンにさわったのである。それは良心へのいつわりであり、孔子の一生の信念をけがすものでさえあったのだ。(藤堂明保『漢文入門』論語のこころ)

もっと救われない実情もある。あまりに闇が深いため詳細を記し難いが、某超有力大学の教授は、某国のエージェントとして学界の検閲官となり、某国に都合が悪ければ、研究のみならず論文の枝葉の言葉遣いにまでいちゃもんを付け、ならず者が暴れ込む危険をちらつかせた。

訳者は直にこの耳で恫喝を聞いた。定年後も学界の有力な地位を占め、子分をはびこらせている。こうなるともう学者と言うよりやくざのたぐいだが、部外の諸賢や部内でお花畑を続けている者は、まさかと思うに違いない。だが訳者は危険を承知で、あえてここまで言っている。

前世紀末まで全国の大学に、漢学の講座があったが、今は見る影も無い。中等教育の国語からさえ、外されつつあるのが現状だ。幕末から令和に至るまで、漢学教授は考えず教えず心を修めず、ひたすら金だけをせびり取った。こんな奴らばかりだから、日本の漢学は滅んだのだ!

従って現代日本の研究書を鵜呑みにせず、自分で原文に当たる必要がある。また論語は儒教という宗教の経典だから、合理的解釈を許さない雰囲気が今でもある。だから現在書店に並んでいる論語本も、実は狂信を含んだ、千年前の中国儒者のコピペに過ぎないことがあるわけだ。

読者諸賢。謹んで申し上ぐ。

漢文業界には、今に至るまでただの一人も、まともな人間はいないに近く、しかも極限に漸近しつつあると、ご理解ご納得頂けただろうか。

論賛 訳者九去堂曰く

頭が悪いのは当人の責任ではない。ただ人の迷惑になり得る地位に就いてはならない。でも頭が良ければ迷惑を掛けてよい分けがない。人は善い人ならそれだけで尊敬に値するが、知性に優れただけでは他人の知ったことでは無い。陸海軍将校が、確かに元秀才少年だったように。

及川古志郎 石原莞爾
それが揃いも揃って、利権タカリ爺いに落ちぶれた。老いる前から欲に目が眩み、勝手に戦争を始める馬鹿者もいた。そうでなければ国内で反乱を起こした。軍隊が暴れたら、ヤクザが物騒なのとは質も規模も違う。結果日本人は皆殺され寸前まで行った

栗林忠道 伊藤整一
もちろん軍人が全てろくでなしでは無かった。栗林忠道閣下や、伊藤整一閣下のような良識派もいた。同様に貧賤から身を起こし、そして米国に居住した経路と、陸海軍大将という極官に達したのは同じながら、タカリ爺いと違い「戦争は日本のためにならない」と言い続けた。

他方東京帝大などを出た文官どもは、人間のクズだった。B-29の爆撃と潜水艦の雷撃、機雷の散布で、海外交通が杜絶し、前線の兵士は飢え死にし、国内では毎日黒焦げ死体の山を築いていたというのに、東京向島の芸者街のみ特例で、各省庁の役人専用に営業継続を認められた。

平沼騏一郎 児島惟謙
経済人も戦争を乞い願った。二二六反乱軍の金主は三井合名である。法曹は平気で法を曲げた。平沼騏一郎がその極めつけである児島惟謙しか教科書に載らぬのは、他がろくでもなかったからだ。自余の文系業界人は、頭の善し悪しに拘わらず、日本人を幸せにしなかった。

中国人同様の福禄寿の奴隷。戦後になってヤミ米を拒んで死んだ判事は出たが、それも児島惟謙と同様の事情で、珍しいから聞こえたのである。九分九厘の検事と判事どもが生き延びたという事は、法廷で求刑し判決しながら、当人はのうのうと法を踏みにじって生きていたのだ。

軽々しく先祖が会津士族であることを誇るやからに似ている。卑怯者の末裔ではないか。

苦労は必ずしも人間を磨かない。帝大教授になっても、外務大臣になっても、連合艦隊司令長官になっても、帝国宰相になっても、ひがみ根性が治らない者は生涯治らない。二次大戦の英国を指導し抜いたチャーチルが、名門貴族の出身であるように、生まれと人間性は関係ない。

それは図らずも、人文的教養は何のためにあるかとの答えに至る。人文は学んで人が善くなるためのものだ。私立文系バカに対して国立理系アホウを想定し得るが、こんにち社会を領導する経済人や理系人に、知りもせぬ事を知っていると勘違いしたアホウが多いのはそれゆえだ。

通り魔の類に例えると解り易い。素手で通り魔る通り魔はいたためしがない。弱いから刃物を持ち出すのだ。しかも女子供を必ず狙う。ヤクザの事務所に押し込んだ話は聞いたことが無い。人をあやめるのに道具など要らない。どの道であれ初段も持っていれば周知の筈だ。

満ちているから空しくても平気、そして人に優しくなれる。剣禅一如とはそういう意味だ。

簡単な思考実験だ。京アニの一階に空手道場が入居していたら、放火事件は起こったかということだ。参謀は安全な司令部にいると知れているから、無謀な作戦を立てて命令した。団塊は就職した途端、刃向かえない下の世代をいじめにいじめ抜いた。危険の勘定はしていない。

団塊は世間から甘やかされ、学ばなかったばかりか働かなかった。今では想像も出来ないことだが、毎年ストと称して主な交通機関は止まったのだ。交通機関ばかりでは無い。あらゆる企業法人で団塊はストをやり、暇に飽かせて勝手に公共の場を占拠し、ギターをかき鳴らした

フォークゲリラ

(c)朝日新聞デジタル

こいつらはきちがいだ。なぜそれが分からない!

団塊にうろたえた日本社会は、児童生徒を奴隷のように扱ったが、団塊は就職するや否や、その手先となって残忍ないじめを繰り返した。いわゆる管理教育で、男子は丸刈り、女子はスカートを団塊教師がハサミで切り取り、遅刻した生徒を校門の鉄扉で挟み殺しても執行猶予

訳者の担任はモップ棒を持ち歩き、それで児童を殴って歩いた。この怨みは決して消えない。団塊は紛れもなく日本社会の寄生虫で、しかも赤い毒素をまき散らす。それなのに人権があるから、駆除することもかなわない。一匹残らず死に絶えるまで、日本は決して復興しない。

そう言う確かな根拠がある。いじめられて自分で消化できるのは、強者に限られる。大多数の者は八つ当たりで、より弱い者をいじめる。それは学校を出てもなお続く。弱い者はどんなむごい目に遭わせてもかまわない。こうして今日まで続く、日本のいじめ体質が定着したのだ。

文系教授や官僚になるようなのは、おおかた学校でいじめられた口だろうが、連中の社会に対する残忍は、かつて受けた仕打ちへの復讐でもある。親にいじめられた者は子をいじめる。団塊のみならずその体質を受け継いだ者を根絶やしにしない限り、この悲惨は止まらない。

だから孔子は、徳を養えと言ったのだ。体を鍛え武芸の達者になれと教えたのだ。

それは強者の論理かも知れない。だが強者の立場を認めないから、いつまでたっても弱者が保護されないのだ。ことごとに引きずり下ろしに来る弱者など、強者にとっては害虫以外の何物でもない。どうしてそんな奴らに、手を差し伸べてやらねばならないのか? もっともだ。

蛇足ながら強者は、常に「お前は本当に強いのか?」と挑戦者から問われる。だから力を尽くして打ち倒すに足る挑戦者を、強者は喜ぶ。自分が強いと実感させてくれるから。だがダニのような、ゴミのくせに数だけ多くてタカリだけする連中は、文字通りダニでしかない。

わからん者はわからなくていい。やった者のみが味わえる天禄だから。

人が善いとは、殴られても笑っている妙好人では断じてない。眼前の不合理に、この人にもかかる事情があると察せることが基本だ。そして不義に対しては猛然と、戦うだけの勇気と能力を兼ね備えねばならない。戦後あまりに不義を放置したから、今こうなってしまったのだ。

戦はまた親も討たれよ、子も討たれよ、死ぬれば乗り越え乗り越え戦ふ候ふ。西国の軍と申すは、すべてその儀候はず。親討たれぬれば引き退き、仏事孝養し、忌明けて寄せ、子討たれぬれば、その憂へ嘆きとて、寄せ候はず。兵糧米尽きぬれば、春は田作り、秋刈り収めて寄せ、夏は暑しと厭ひ、冬は寒しと嫌ひ候ふ。(『平家物語』富士川)

現在、経済人や理系人に、「中国の合理性」をべらべらと讃えるやからがいる。決して日本人のためにならない。中国人のあれは欲に目が眩んでいるだけで、たまたまこの数十年、中国人の欲ボケが合理に見えただけだ。ひとたび合理が目先の欲とぶつかれば、躊躇せず後者を選ぶ。

今に見ているがいい。まともな船舶用エンジンも造れぬくせに、空母を何隻もこしらえ始めた。遠からず「あおのけに高転びに転び申すと見え候」。思い上がった帝国主義を突き進める前に、全ての子供を戸籍と学校に入れ、全ての村に水道を引き診療所を建てるのが先だろう。

人の生き死にを左右する政治に、誰一人責任を取っていない事のあらわれではないか。

実に簡単な話だ。鼻をつまむしかないボロをまとい、その朝の粥を物乞いしている子供だろうと、「12×7はいくつ?」「84。」と答えた子に、パンと教科書と教師を与えることだ。その中から医学を選んだ子を医者にし、土いじりの好きな子を建築や農業の技師にすればいい。

するとみんなが助かる。教育とはそういうことだ。「子供には無限の可能性がある」それは確かに。あなたが詐欺師でない限りね。クズに余計な知恵を与えて、どうしようも無い大クズをこしらえた例は歴史にいくらでもあるよ。ヒトラーとか、毛沢東とか、ポルポトとか。

教育に悲惨を入れるな!人を食い散らかす役人と、それになりたがる詐欺師ども。

戦前日本の「陛下の官僚無責任男の子分」そっくりだ。国内に身売り娘が出、工業輸出品はタワシ程度しか無かったのに、海外進出とは笑わせる。革命後のフランスやソ連同様、儒教などの壮大なウソが飾り立てる威張り返った役人国家は、一時いかに強大に見えても、崩壊するときは一瞬だ。

ナポレオン3世
囚われの身となったナポレオンⅢ世

その浮世を知に優れずとも立派に生き抜いた人は確かにいた。そういう人こそ人生の師だ。

(日本儒教史 完)


原題:日本の論語業界と漢学界,2020.06.03,©九去堂

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