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論語語釈「イ」

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語釈 urlリンクミス

已(イ・3画)

已 甲骨文 已 金文
甲骨文/蔡侯盤・春秋末期

初出:「国学大師」による初出は甲骨文。「小学堂」による初出は春秋末期の金文

字形:字形の由来と原義は不詳。

慶大蔵論語疏は「巳」(シ)と記す。西周・春秋の金文では「已」と混用されて、完了の意、句末の詠嘆の意、”おわる”の意に用いた。詳細は論語語釈「巳」を参照。

音:カールグレン上古音はzi̯əɡ(上)、去声は不明。同音は「以」”もちいる”・「苡」”草の名”・「矣」”…てしまった”(全て上声)であり、このうち春秋時代以前に初出があるのは「以」だけで、その字形は農具を手に取る姿。従っておそらく「已」も農具の姿で、原義は”手に取る”だったかも知れない。論語語釈「以」を参照。

用例:西周中末期の金文「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編NA1950・NA1951」に「疾不巳(已)」とあり、「やみてやまざれば」と読め、”終わる”と解せる。

春秋末期の「鄦子𨡰𠂤鎛」(殷周金文集成00153)に「萬年無諆(期),□(眉)壽母(毋)已」とあり、「万年かぎりなからん、いのちおわりなからん」と読め、”終わる”と解せる。

これら”…し終える”から”…てしまう”など断定・完了の意は容易に導ける。

備考:「国学大師」は字形を胎児の姿と言い、「巳」と書き分けられなかったとする。金文も初期の字形は甲骨文と同じであり、のち上下がが逆になった。

漢語多功能字庫」では、戦国の竹簡や古文以降についてのみ述べる。

学研漢和大字典

上古周秦 中古隋唐 現代北京語 ピンイン
ḍiəg yiei i i

已 解字象形。古代人がすき(農具)に使った曲がった木を描いたもの。のち・已・イン(=以)の三つの字体にわかれ、耜(シ)(すき)・以・塊(イ)(工具で仕事をする)・已(やめる)などの用法に分化した。已(やめる)は、止(とまる)・俟(イ)(とまって待つ)に当てた用法。また、以に当てて用いる。

似た字(巳・已・己)の覚え方「み・シは上(巳)、やむ・イは既に半ばなり(已)、おのれ・つちのと・コは下につく(己)」また、「みは上に(巳)、おのれ・つちのと下につき(己)、すでに・やむ・のみ中ほどにつく」また、「キ・コの声おのれ・つちのと下につき、い・すでには中に、し・みは皆つく」▽「すでに」は「既に」、「やむ」は「止む」、「範囲などの基点を示すことば」の意味は「以」ともそれぞれ書く。

語義

  1. {動詞}やめる(やむ)。そこまででやめる。中止する。《類義語》止。「予不得已也=予已むことを得ざるなり」〔孟子・滕下〕
  2. {動詞}やめる(やむ)。官職をやめる。「三已之、無慍色=三たびこれを已むるも、慍色無し」〔論語・公冶長〕
  3. {副詞}すでに。→語法「①②」「已然(イゼン)」「已往(イオウ)(すでに過ぎ去ったこと)」。
  4. {副詞}はなはだ。→語法「④」。
  5. {助辞}のみ。→語法「③」。
  6. {前置詞}範囲・方向などの起点をあらわすことば。より。

語法

  1. 「すでに」とよみ、「もはや」「もう」と訳す。行為が過去に完了している意を示す。《対語》未(イマダ)。「又聞沛公已破咸陽=また聞く沛公すでに咸陽を破れりと」〈その上、沛公がすでに(秦の都の)咸陽を陥れたと聞いた〉〔史記・項羽〕
  2. 「已業」「業已」「既已」も、「すでに」とよみ、意味・用法ともに同じ。「既已委質臣事人而求殺之=すでに質を委(まか)して人に臣事し而(しか)うしてこれを殺さんことを求む」〈この身を捧げますと言って仕えながら、その人を殺そうとしている〉〔史記・刺客〕

  1. 「すでに」「すでにして」とよみ、「やがて」「ほどなく」と訳す。行為が未来に起こる意を示す。「已復攻、欲得地与民=すでにしてまた攻め、地と民とを得んと欲す」〈その後また攻めてきて、こんどは土地と人民とを得たいと望んできた〉〔史記・周〕
  2. 「已而」も、「すでに」「すでにして」とよみ、意味・用法ともに同じ。「已而使毅伐斉=すでにして毅をして斉を伐た使む」〈やがて(楽)毅に命じて斉を伐たせた〉〔十八史略・春秋戦国〕

③「~のみ」とよみ、文末におかれ、

  1. 「~なのである」と訳す。断定の意を示す。「苟無恒心、放辟邪侈、無不為已=苟(いや)しくも恒心無(な)ければ、放辟邪侈(はうへきじゃし)、為さざる無きのみ」〈いったんこの道徳心を持たなくなると、したいほうだい、(悪いことで)しないことはなくなります〉〔孟子・梁上〕
  2. 「~だけ」「~であるにすぎない」と訳す。限定の意を示す。「不受也者、是亦不屑就已=受けざるは、これまた就くを屑(いさぎよ)しとせざるのみ」〈(招聘を)受けなかったのは、仕えるべきでない君には仕えることを潔しとしないだけのことである〉〔孟子・公上〕
  3. 「而已」「而已矣」「也已」「已矣」も、「のみ」とよみ、「~なのである」「~だけである」と訳す。断定・限定の意を示す。「賜也、始可与言詩已矣=賜や、始めて与(とも)に詩を言ふ可きかな」〈賜よ、それでこそ一緒に詩経の話ができる〉〔論語・学而〕

④「はなはだ」とよみ、「きわめて」と訳す。程度がはげしすぎる意を示す。▽単独の用例は少なく、「已甚」などと多く用いる。「人而不仁、疾之已甚乱也=人にして不仁なる、これを疾むこと已甚(はなはだ)しきは乱なり」〈人が仁でないとしてそれをひどく嫌いすぎると、(相手は)乱暴する〉〔論語・泰伯〕

⑤「已矣」「已矣乎」「已矣哉」「已矣夫」は、「やんぬるかな」とよみ、「もうこれまでだ」「もうどうしようもない」と訳す。絶望の意を示す。「已矣哉、帰去来」〈もうどうしようもない、さあ田園の中に帰ろうではないか〉〔駱賓王・帝京篇〕

字通

[象形]〔説文〕十四下に「用ふるなり」とするのは以字と同訓。已然の已と同形であるが、用義は異なる。已は㠯(すき)(耜)の形で、耜・私(し)はその本音に従う。また矣・台(い)の声がある。卜文・金文の字形はまた以と釈することがある。本義の「すき」には耜を用い、他の訓はすべて仮借。

以(イ・5画)

以 甲骨文 以 金文
甲骨文/邾公金乇鐘・春秋晚期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文は「」”農具のスキ”を持った人の姿。

以 異体字
慶大蔵論語疏は崩し字「〔レ丶人〕」で記す。上掲「隋故秘書監左光禄大夫陶丘〓侯蕭〓墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はzi̯əɡ(上)、已と同じ。

用例:春秋時代の金文で、すでに”用いる”の語義がある。金文では上掲のように、「㠯」とその略体「厶」の字形に書かれることが多い。論語における漢字の通用と古書体も参照。

漢語多功能字庫」は原義を”たずさえる”だとし、甲骨文から”率いる”の語義があるという。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」の品詞分類では、春秋末まで名詞(人名)・動詞・接続詞に分類し、「介詞」(前置詞)の用例(下掲『学研漢和大字典』参照)は戦国早期の竹簡まで時代が下るとする。だが”用いる”と読めばほとんどの前置詞”~で”は、春秋時代の不在を回避できる。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、「手または人+(音符)耜(シ)(すき)の略体」。手で道具を用いて仕事をするの意を示す。何かを用いて工作をやるの意を含む、…を、…で、…でもってなどの意を示す前置詞となった。

語義

  1. {動詞}もちいる(もちゐる・もちふ)。使用する。「殷人以柏=殷人は柏を以ふ」〔論語・八佾〕
    ま{動詞}もってする(もってす)。→語法「③」。
  2. {前置詞}もって。→語法「①」。
  3. {接続詞}もって。→語法「②」。
  4. {動詞}おもう(おもふ)。おもえらく(おもへらく)。…とおもう。「自以先王謀臣、今不用、常怏怏=自ら以へらく先王の謀臣なりと、今は用ゐられず、常に怏怏たり」〔説苑・正諫〕→語法「⑦」。
  5. {動詞}ひきいる(ひきいる)。《類義語》率・将。「魯人以惡人先済=魯人惡人を以ゐて先づ済る」〔国語・魯語下〕
  6. {名詞}ゆえ(ゆゑ)。理由や原因。「必有以也=必ず以有るなり」〔詩経・邶風・旄丘〕
  7. {前置詞}より。範囲・方向などの起点をあらわすことば。それより。「以上」「以前」。

語法

①「~をもって」とよみ、

  1. 「~で」「~を用いて」「~を使って」と訳す。手段・方法・材料を示す。「不以其道得之、不処也=その道をもってこれを得ざれば、処(お)らず」〈それ相当の方法(正しい勤勉や高潔な人格)で得たのでなければ、そこに安住しない〉〔論語・里仁〕
  2. 「~を」「~に」と訳す。目的語、動作の対象・内容を強調する意を示す。「不敢以将軍言聞於上也=敢(あ)へて将軍の言をもって上に聞せず」〈将軍のお言葉を皇帝にお伝えするわけにはまいりません〉〔史記・蒙恬〕
  3. 「~のために」「~によって」と訳す。理由・条件・根拠を示す。「秦王以十五城請易寡人之璧=秦王十五城をもって寡人(かじん)の璧に易(か)へんと請ふ」〈秦王が十五の町と、わしの宝玉を引き換えたいと言って来た〉〔史記・廉頗藺相如〕
  4. 「~でありながら」「~として」と訳す。身分・資格を示す。「以臣弑君、可謂仁乎=臣をもって君を弑(しい)す、仁と謂ふ可けんや」〈臣下の身でありながら、主君をあやめるとは、仁と申せましょうか〉〔史記・伯夷〕
  5. 「~のときに」「~において」と訳す。時間・空間を示す。「壮者以暇日脩其孝悌忠信=壮者は暇日をもってその孝悌忠信を脩(おさ)む」〈若者は農事の暇に孝悌忠信の徳を修める〉〔孟子・梁上〕

②「もって」とよみ、「そうして」と訳す。時間的先後がある独立した文を接続する。「退而甘食其土之有、以尽吾歯=退いてその土の有を甘食し、もって吾が歯を尽くす」〈(家に)戻り土地の物をうまいと思って食べ、そうして寿命を終えます〉〔柳宗元・捕蛇者説〕

③「~以…」は、「~するに…をもってす」とよみ、「~するには…を用いる」と訳す。▽述部に後置して「以」以下の補語を強調する場合のよみ方。「道之以徳、斉之以礼、有恥且格=これを道(みち)びくに徳をもってし、これを斉(ととの)ふるに礼をもってすれば、恥有りてかつ格(いた)る」〈導くには道徳で、整えるには礼であれば、道徳的な羞恥心を持ってそのうえに正しくなる〉〔論語・為政〕

④「~(=形容詞)以…」は、「もって…し~(=形容詞)」とよみ、「…することは~」と訳す。▽「難」「易」などの形容詞とともに使用される。「智巧不去、難以為常=智巧去らざれば、もって常と為し難(がた)し」〈知恵と技巧を捨て去らなければ、常道とすることはできない〉〔韓非子・揚権〕

⑤「不」「可」「得」「能」「有」「無」などとともに用い、語調を整える。「若寡人者、可以保民乎哉=寡人(かじん)の若(ごと)き者は、もって民を保(やす)んず可きかな」〈わたしのような者でも、人民を慈しみ守ることができるだろうか〉〔孟子・梁上〕

⑥「以~為…」は、「~をもって…となす」とよみ、

  1. 「~を…とみなす」と訳す。「…」は動詞・動詞句、形容詞・形容詞句。「二三子以我為隠乎=二三子我をもって隠せりと為すか」〈諸君は私が隠しごとをしていると思うか〉〔論語・述而〕
  2. 「~を…とする」と訳す。「…」は名詞・名詞句。「天将以夫子為木鐸=天将にもって夫子を木鐸(ぼくたく)と為さんとす」〈天はやがて先生を天下の指導者になされましょう〉〔論語・八佾〕

⑦「以為」は、

  1. )「おもえらく」とよみ、「おもうに」「考えるに」と訳す。「虎不知獣畏己而走也、以為畏狐也=虎獣の己を畏(おそ)れて走るを知らず、以為(おも)へらく狐を畏るるかと」〈虎は、獣たちが自分を恐れて逃げ出すのだとは気づかず、狐を恐れているのだと思った〉〔戦国策・楚〕。「以」「以謂」も、意味・用法ともに同じ。
  2. 「もって~となす」とよみ、「~と思う」「~と考える」と訳す。「然子之意自以為足=然るに子の意自らもって足れりと為す」〈しかも、それですっかり満足していらっしゃる〉〔史記・管晏〕

字通

すきの形。〔説文〕十四下に「㠯は用うるなり。反已に従う」とし、賈侍中説として「已、意已の実なり。象形」とする説を引く。意已は薏苡よくいという草(訳者注、野生のジュズダマのこと)。字は象形で、すきの形。もと㠯と同文。のち字形は・㠯・以に分かれた。

訓義

1)用・庸と通用し、もって、もちいる。2)為・謂と通用して、おもう。3)与と通用して、ともに。4)率と通用して、ひきいる。5)名詞として、ゆえ、理由説明的に用いる。

大漢和辞典

以 大漢和辞典
以 大漢和辞典

夷(イ・6画)

夷 甲骨文 夷 金文
甲骨文/南宮柳鼎・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:「矢」+ひもで、いぐるみをするさま。おそらく原義は”狩猟(民)”。

夷 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔一口冖丂〕」と記す。「隋甯贙碑」刻。

音:カールグレン上古音はdi̯ər(平)。

用例:甲骨文では「邑夷」「夷邑」の文字列が複数見られるが、語義は分からない。

殷代末期から西周にかけての金文では、「尸」を「夷」と釈文する例があり、「尸方」でおそらく”蛮族”を意味する。

西周末期の「禹鼎」(集成2834)に「南□尸(夷)、東□(夷),廣□(伐)南或(國)」とあり、”蛮族”と解せる。

論語憲問篇46では”あぐらをかく”の意で用いる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文での語義は不明。金文では、地名(小臣守簋・西周早期)に用いた。

学研漢和大字典

会意文字で、大きい人のそばに寄った小さい人を示す。背たけのひくい人。小柄で背のひくい意を含み、たいら、ひくいなどの意を生じる。尸(シ)(からだを曲げ伏せた姿)の字で代用することもある。

姨(イ)(妻よりも小さい、妻の妹。母の妹)・弟(小さいおとうと)・低(背のひくい人)と同系のことば。

語義

  1. {名詞}えびす。未開の人。▽中国人は自分の民族文化を中華(中夏)と称し、その文化の恩恵をこうむらない民族を東夷・西戎(セイジュウ)・北狄(ホクテキ)・南蛮(ナンバン)と呼んだ。もと、中国の東部に住む背の低い民族のこと。一説に、殷(イン)代に、今の山東・江蘇(コウソ)の沿海地方に住み、殷人に敵対した小柄な人種という。周代に、東夷・淮南夷(ワイナンイ)と呼ばれ、しだいに漢人と混血した。のち漢人以外の総称にも用いる。「夷狄(イテキ)」。
  2. (イナリ){形容詞}ひくい(ひくし)。たいらか(たひらかなり)。背がひくい。たいらである。《類義語》低。「夷平(イヘイ)」「跛蔑易牧者夷也=跛蔑も牧し易きは夷なればなり」〔韓非子・五蠹〕
  3. (イス){動詞}あぐらをかいてひくくすわる。しゃがむ。「原壌、夷俟=原壌、夷して俟つ」〔論語・憲問〕
  4. (イス){動詞}たいらげる(たひらぐ)。平定する。「夷滅(イメツ)(みなごろしにたいらげる)」「夷九族=九族を夷す」。
  5. (イス){動詞}たいらかにする(たひらかにす)。たいらにならす。「夷考其行=其の行ひを夷考す」〔孟子・尽下〕
  6. {形容詞・名詞}つねに。平坦(ヘイタン)で、変化のないさま。また、そのやり方。平坦で、目だたない状態。「夷然(イゼン)」。
  7. {形容詞}たいらで広い。広く行き渡るさま。「降福孔夷=福を降すことは孔だ夷し」〔詩経・周頌・有客〕
  8. 《日本語での特別な意味》
    ①えみし。えびす。古代に関東以北に住み、言語や風俗を異にして、朝廷に従わなかった人々。▽一説にアイヌ族のこと。えぞ。「蝦夷(エゾ)」。
    ②えびす。七福神の一。▽「恵比須」とも書く。

字通

[象形]初文は尸(し)。人が腰をかがめて坐る形。〔説文〕十下に「平平らかなり。大に從ひ、弓に從ふ。東方の人なり」とするが、訓義と字形の関係が明らかでない。金文の字形は弓に従わず、尸に近い。夷人の坐りかたを示す。

衣(イ・6画)

衣 甲骨文 衣 金文
甲骨文/天亡簋・西周早期

初出:初出は甲骨文。ただし「卒」と未分化。金文から分化する。

字形は衣類の襟を描いた象形。原義は「裳」”もすそ”に対する”上着”の意。

音:カールグレン上古音はʔi̯ər(平/去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名・人名・祭礼名に用いた。金文では祭礼の名に(天亡簋・西周早期)、”終わる”([冬戈]簋・西周中期)、原義に(無叀鼎・西周末期)用いた。

学研漢和大字典

象形。うしろのえりをたて、前のえりもとをあわせて、はだを隠したきもののえりの部分を描いたもの。「白虎通」衣裳篇に「衣とは隠なり」とあり、はだを隠すものの意。依(イ)(他の物にたよって隠れる)・隠(イン)(かくす)・湮(イン)(かくす)と同系。類義語の服は、ぴたりとからだにつけるものの意。
付表では、「浴衣」を「ゆかた」と読む。▽草書体をひらがな「え」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「え」ができた。

語義

  1. {名詞}ころも。きぬ。はだを隠すきもの。《類義語》服。「衣服」「衣鉢(イハツ)」。
  2. {名詞}ころも。せまい意味では、からだの上半身にきるもの。うわぎ。《対語》裳(ショウ)(下半身につける衣服)。「衣裳」。
  3. {名詞}ころも。物の外側をかくしおおうもの。「糖衣(さとうのころも)」。
  4. {動詞}きる。きせる(きす)。衣服を身につける。また、身につけさせる。物の外側をおおい隠す。▽去声に読む。「衣軽裘=軽裘を衣る」〔論語・雍也〕
  5. {名詞}周に滅ぼされた古代帝国、殷(イン)の国。▽殷に当てた用法。「壱戎衣=壱たび衣を戎つ」〔中庸〕
  6. {動詞}よる。したがい行う。▽依に当てた用法。「衣徳言=徳言に衣る」〔書経・康誥〕

字通

[象形]衣の襟もとを合わせた形。〔説文〕八上に「二人を覆ふ形に象る」とするが、襟もとの形。また「依るなり。上を衣と曰ひ、下を裳と曰ふ」という。〔白虎通、衣裳〕に「隱(よ)るなり」とあり、依・隱(隠)は声の近い字によって解する。依は衣による受霊、「襲衾(おふふすま)」の観念を含むものと思われる。

伊(イ・6画)

伊 甲骨文 伊 金文
合34151/伊簋・西周陶期

初出:初出は甲骨文

字形:「亻」+「コン」”天地をつなぐ通路”+「又」”手”。「丨」「又」「𠙵」”くち”で、天にもの申し、天意を口で人に伝えるべき「君」を構成するのに対し、「君」と天の交信を補助すべき人物の意。論語語釈「君」を参照。

音:カールグレン上古音はʔi̯ær(平)。

殷の開祖湯王の名臣「伊尹」の人名として甲骨文から見える。「伊」単独でも見えるが語義が明瞭でない。西周・春秋の金文では地名・人名として用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。尹(イン)は、手で逢印を持ったさまをあらわす会意文字で、天地の間を調和するさまを示す。伊は「人+(音符)尹(イン)」で、万事を調和する人物を示す。匀(イン)(平均の均の原字)と同系。草書体をひらがな「い」として使うこともある。▽「伊」の偏からカタカナの「イ」ができた。

語義

  1. 「伊尹(イイン)」とは、湯(トウ)王を助けて世の中を調和しておさめた殷(イン)の知恵者。伝説では代表的な上古の賢人とする。
  2. {指示詞}かれ。かの。これ。この。「伊昔紅顔美少年=伊れ昔は紅顔の美少年」〔劉廷芝・代悲白頭翁〕▽用例の「伊昔」を「そのむかし、むかし」と解することもできる。
  3. {代名詞}《俗語》かれ。三人称の代名詞。▽近代の小説では、三人称「他」のかわりに伊を用いることがある。
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①「伊賀(イガ)」の略。「伊州」。
    ②「伊太利(イタリア)」の略。イタリアのこと。「伊和辞典」。

字通

[形声]声符は尹(いん)。尹は神官が神杖をもつ形。その神杖によって神をよぶ意がある。〔説文〕八上に「殷の聖人阿衡(あかう)なり。天下を尹治する者なり。人に從ひ、尹に從ふ」と字を会意とし、伊尹(いいん)の名とする。伊尹は箱舟で洪水を免れ、空桑の中から見出だされた聖者で、洪水説話にみえる神。卜辞に「黃尹」の名があり、「阿衡」にあたるものであろう。〔周礼、秋官、伊耆(いき)氏〕に「國の大祭祀に、其の杖咸(函)~を共(供)することを掌(つかさど)る」とあり、古い聖家族の伝統を伝えるものであろう。

矣(イ・7画)

矣 金文 矣 金文
□(高考)乍母癸尊・殷代末期/之利鐘・戦国早期

初出:「小学堂」による初出は戦国末期の金文。ただし金文「□(高考)乍母癸尊」(『殷周金文集成』5888)は殷末~西周初期の金文によく見られる族徽(氏族の家紋)を用いており、もし偽作でないなら、上掲金文もその時代の文字と考えられる。

また族徽は、甲骨文に先行して殷代中期の良渚文化(古代長江文化の一つ)に見られるという記述も「百度百科」にあり、その通りなら「矣」の初出は殷代まで遡りうる。ただし良渚文化には金属器が見られない。

慶大蔵論語疏は上下に「〔ス土〕と記す。崩し字と思われるが未詳。王羲之など南北朝時代の草書ににていなくもないかな、といった程度。また「矣」と傍記してある。またおそらく略字の「〔厶土〕」と記し、「矣」と傍記する。未詳。

字形:字形は「𠙵」”人の頭”+「大」”人の歩く姿”。背を向けて立ち去ってゆく人の姿。原義はおそらく”…し終えた”。甲骨文・金文では、人型の上部に記した「𠙵」の形でどちらを向いているかを示す例があり、「⊃」形の曲線部が向いた方向を示す。

矣 異体字 矣 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔厶夫〕」と記す。「夏承碑」(後漢)刻。また「〔厶土八〕」と記す。「帝堯碑」(後漢)刻。

音:カールグレン上古音はzi̯əɡ(上)。同音に以・苡・已。このうち苡だけは金文以前に遡れない。

󱠛(高考)乍母癸尊
用例:殷代末期「□(高考)乍母癸尊」(集成5888)に「亞㠱矣。󱠛(高考)乍母癸。」とあり、語義が明瞭でない。「るをにくなり」と読めなくはないが、「亞㠱」で族徽を構成しており、「矣」は句末の助字と断じがたい。「亞」は墓穴の姿。「㠱」は跪くさま。「亞㠱」で王に殉じた者の子孫を意味するのだろうか。

戦国早期の金文「之利鐘」(『殷周金文集成』171)に「台樂賓客。志勞尃者𥎦。往矣。余之客。」とあるが、語義が明瞭でない。「もって賓客を楽しませ、おもいはあまねく諸侯をねぎらい、余の客を往かしめたらん」と読めなくはないが、確信が持てない。

漢語多功能字庫は戦国末期の「中山王鼎」を引いて、語気を示す句末の助辞という。

学研漢和大字典

矣 解字

ɦɪəg – ɦɪei – i – i(yǐ)

象形文字。篆文(テンブン)Aの字形は「㠯(イ)+矢」のように見えるが、実はBが正しく、人が後ろをむいてとまったさまを描いたもの。疑の字の左側の部分と同じ。文末につく「あい」という嘆声であり、断定や慨嘆の気持ちをあらわす。息がつかえてとまるの意を含む。音の「アイ」は、唉(アイ)(のどがつかえて嘆息する)と同系。なお類義語の也(ナリ)は、…なのだと、ことわけて説明し判定した気持ちをあらわす助辞。
矣 字解

語義

{助辞}文末につけて、断定や推定の語気をあらわすことば。

語法

  1. 文末・句末におかれて、訓読しない。「~だぞ」「~にちがいない」「~になってしまった」と訳す。断定・意志、推量・仮定、完了(過去・現在・未来)などの意を示す。《類義語》唉(アイ)・已。
  2. 「~せり」「~せん」「~ならん」とよみ、強く言いきる断定の意を示す。「由也升堂矣、未入於室也=由や堂に升れり、未だ室に入らざるなり」〈由は表座敷には上がっているのだぞ、まだ奥座敷には入っていないだけだ〉〔論語・先進〕

②「や」「か」とよみ、「~であろうか(いやそうではない)」と訳す。反語の意を示す。文末・句末におかれる。「焉用彼相矣=焉(いづ)くんぞかの相を用いんや」〈あの介添えも何の必要があろうか〉〔論語・季氏〕

③「(なる)かな」とよみ、「~であることよ」と訳す。感嘆の意を示す。文末・句末におかれる。▽「矣哉」「矣夫」「矣乎」も、「(なる)かな」とよみ、意味・用法ともに同じ。「怨毒之於人、甚矣哉=怨毒の人に於ける、甚だしいかな」〈恨みが人に及ぼす害毒は、何とひどいものか〉〔史記・伍子胥〕

  1. 「のみ」とよみ、「~だけ」「~に過ぎない」と訳す。限定の意を示す。文末・句末におかれる。「有赴東海而死矣=東海に赴きて死する有るのみ」〈(わたしは)東海(斉国の東境の海)に赴いて死ぬ決意です〉〔戦国策・趙〕
  2. 「而已矣」「焉耳矣」も、「のみ」とよみ、意味・用法ともに同じ。《同義語》耳。「夫子之道、忠恕而已矣=夫子の道は、忠恕のみ」〈先生の道は忠恕のまごころだけです〉〔論語・里仁〕

字通

矣 金文大篆
(金文大篆)

+矢。厶の初形はすきの初文。耜に矢を加えて清め祓う意。その声を矣・アイアイ、その動作をアイ(訳者注。おす、ひらく、せまる)という。〔詩、小雅、十月之交〕にばいらいと韻している。〔説文〕五下に「語おはるの詞なり」とし、以声の字とするが、もとは矢で厶を祓う儀礼で、その声を言う。語句を強く結ぶとき、その声を加えたのであろう。

訓義

(1)語末の助詞。断定・決定・決意など、強い語気を示す語である。
矣 字解

大漢和辞典

矣 大漢和辞典

位(イ・7画)

位 金文
頌鼎・西周末期

初出:初出は甲骨文。ただし字形は「立」と未分離。初出は西周末期の金文

字形:楚系戦国文字になるまで「立」と同じで、「大」”人の正面形”+「一」大地。原義は”立場”。論語語釈「立」を参照。

音:カールグレン上古音はgi̯wæd(去)。

用例:「甲骨文合集」6480.1に「,戎(陷)于帚(婦)好立(位)。」とあり、「立」が「位」と釈文されている。

亻を伴う初出は「清華大学蔵戦国竹簡」清華一・祭公01で、「󱩾(昧)亓(其)才(在)位」とある。

漢語多功能字庫」によると、春秋までの金文で”地位”の意に用いた(頌鼎・西周末期)。

学研漢和大字典

会意。立は、人が両足でしっかりたつ姿。位は「立+人」の会意文字で人がある位置にしっかりたつさまを示す。囲(まるくかこむ)-胃(まるくかこんだ胃袋)などと同系のことばで、もと、円座のこと。まるい座席にすわり、または円陣をなして並び、所定のポストを占めるの意を含む。また、のち広く、ポストや定位置などの意に用いられるようになった。

語義

  1. {名詞}くらい(くらゐ)。人や物があるべき場所。位置。ポスト。「材非長也、位高也=材長きに非ざるなり、位高ければなり」〔韓非子・功名〕
  2. {名詞}くらい(くらゐ)。役人としての階級の等級。「官位」「不患無位=位無きを患へず」〔論語・里仁〕
  3. {名詞}くらい(くらゐ)。天子*・諸侯の位を略して位という。「即位」「春、王正月、公即位=春、王の正月、公位に即く」〔春秋・桓元〕
  4. {名詞}くらい(くらゐ)。地位。また、数をあらわすためにつけられている桁(ケタ)の名。「百の位」「見季子位高金多也=季子の位高く金多きを見ればなり」〔史記・蘇秦〕
  5. {動詞}くらいする(くらゐす)。ポストにつく。「位列将=列将に位す」〔漢書・蘇武〕
  6. {動詞}くらいする(くらゐす)。あるべきポストにすわる。「天地位焉、万物育焉=天地位し焉、万物育す焉」〔中庸〕
  7. {名詞}人を尊敬して、その人の位置をさしてその人をあらわすことば。「各位」「諸位」。
  8. 《日本語での特別な意味》
    ①くらい(くらゐ)。地位などに伴ってうまれる、人としての重み。
    ②くらい(くらゐ)。大体の数量・程度をあらわすことば。ばかり。ほど。「七人位」。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

人+立。立は一定の場所に立つ人の形で、その位置を示し、位の初文。のち位を用いる。〔説文〕八上に「中庭の左右に列す。之れを位と謂ふ」とみえる。中廷は冊命など廷礼の行われる所で、金文では〔諌𣪘かんき〕「王、大室にいたり、立(位)に卽く」〔利鼎〕「王、般宮にいたる。邢伯はいりて利をたすけ、中庭に立ちて北嚮す」のようにいう。金文では、立を位と立つの両義に用いる。

訓義

くらい、その位に就く、禄・爵・朝位などについていう。涖・莅と通用し、のそむ、その場所に臨む。

大漢和辞典

会意文字。人と立の合字。人が庭中にとどまり立つ意。それより群臣の立つところ、位の意。金文は象形。立と同形で、人がある位置に立つさまに象る。

字解

位:中庭の左右、すなわち群臣の列するところ。坐立するところ、座席、君主の地位、官職の等級、地位、身分、位置、順序、方角、方向、易の形の一、壇位。くらいす、中庭の左右に並ぶ、正しい位置に居る。相似る。立つ。畫(かぎる)と同じ。人の数を示す敬語。姓。〔邦〕くらい、おもみ、品格、人格、ばかり、ほど、数の位。

醫/医(イ・7画)

醫 医 秦系戦国文字 殹 金文
睡虎地簡48.56・戦国末期/「殹」倗生簋・西周中期

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「エイ」は〔医〕”囲いに収容された人”+〔殳〕”手術を加える”。「醫」は〔殹〕に〔酉〕”酒壺”を加えた形で、薬酒を与えて医療を行う姿。異体字「毉」は占いで医療を行う姿。

音:カールグレン上古音はʔi̯əɡ(平)。同音に「」、「醷」”梅酢”、「意」、「鷾」”ツバメ”。

用例:「睡虎地秦簡」の用例は確認出来なかった。文献では論語子路篇22のほか、戦国初期『墨子』、中期『孟子』『荘子』、末期『荀子』『韓非子』いずれにも用例がある。

論語時代の置換候補:部品で同義に「殹」(カ音不明)。初出は西周中期の金文

学研漢和大字典

会意。上部は、医(エイ)に殳印を加えて、しまいこみ隠す動作を示す。醫はそれと酉(さけつぼ)を合わせた字で、酒つぼに薬草を封じこみ、薬酒をかもすことを示す。医者はもと、みこ(巫(フ))と同じ仕事だったので、醫の酉を巫に代えた異体字もある。医(エイ)と醫は、もと別字だが、今は医を醫の略字として用いる。▽秦(シン)・漢以後、針と艾(モグサ)の熱を利用する針灸(シンキュウ)と、草根木皮の成分を利用する本草療法とにわかれた。また、漢方医を中医、西洋の医術を用いる医者を西医とという。医は会意。医(エイ)は、もと「匸(かくす)+矢」で、矢をしまいこむ容器。

語義

  1. {名詞}病気を治す人。また、病気を治す術。「医師」「医来=医来たる」〔孟子・公下〕
  2. (イス){動詞}いやす。病気や、不調な点を治す。治療する。「医渇=渇を医す」
  1. {名詞}矢をしまいこむ箱。うつぼ。

字通

[会意]旧字は醫。殹(えい)+酉。殹は医(えい)を敺(う)つ形。矢を呪器としてこれを敺ち、病魔を祓う呪的行為を毆(殴)という。またそのかけ声を殹という。酉は酒器。その呪儀に酒を用いる。古代の医は巫医(ふい)であった。ゆえに字はまた毉に作る。〔説文〕十四下に「醫、病を治す工なり。殹は惡姿なり。醫の性、然り。酒を得て使ふ。酉(酒)に從ふ。王育說。一に曰く、殹は病める聲なり。酒は病を治す所以なり」という。一曰の説が理に近い。

易(イ・8画)

→論語語釈「易」

依(イ・8画)

依 甲骨文
(甲骨文)

初出:初出は甲骨文

字形:「衣」+「人」。由来と原義は不詳。

音:カールグレン上古音はʔi̯ər(平)。

用例:「甲骨文合集」6169.1に「己亥卜爭貞勿呼依敦」とり、「依を呼びてうながさんか」と読め、人名と解せる。

春秋末期までの用例は春秋の金文だが、「衣」と記して「依」と釈文する例のみ。春秋末期「能原鎛」(集成155)に「衣余者戉□者。」とあり、語義はよく分からない。

戦国中末期「郭店楚簡」尊德32に「依惠則民材(財)足」とあり、”…によって”・”たよる”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。衣は、両わきとうしろの三方から首を隠す衿(エリ)を描いた象形文字。依は「人+(音符)衣(イ)」で、何かのかげをたよりにして、姿を隠すの意を含む。のち、もっぱらたよりにするの意に傾いた。類義語に憑。

語義

  1. {動詞}よる。物の陰に隠れる。また、物によりかかる。「依存」「白日依山尽=白日山に依りて尽く」〔王之渙・登鸛鵲楼〕
  2. {動詞}よる。たよりにする。「依頼」「依於仁=仁に依る」〔論語・述而〕
  3. {動詞}よる。従う。「依次=次に依る」「依乎天理=天理に依る」〔荘子・養生主〕

字通

[会意]人+衣。衣は受霊に用いる霊衣。それを身につけることによって、その霊に依り、これを承継することができた。〔説文〕八上に「倚(よ)るなり」とし、字を形声とするが、金文に、衣中に人をしるす字形があり、わが国の「眞床襲衾(まとこおふふすま)」のような、受霊のための霊衣とみられる。安・保の古い字形にも「襲衾」をそえる形がある。〔詩、大雅、公劉〕は都作りの詩で、「京に于(おい)て斯(すなは)ち依る」「既に登り乃ち依る」なども、受霊に由来する用法であろう。

怡(イ・8画)

怡 金文 台 金文
「〔辛㠯心〕」曾大攻尹戈・春秋中期/「台」其台鐘・春秋末期

初出:初出は春秋中期の金文に部品として見える。独立した用例は春秋末期にあるが、字形が確認できない。「小学堂」による初出は前漢の篆書

字形:〔忄〕”こころ”+「台」。

音:カールグレン上古音はdi̯əɡ(平)。同音は「飴」、「貽」”おくる”、「詒」”あざむく・おくる”、「台」、「佁」”おろか・とどおおる・いたる”。

用例:春秋中期「曾大攻尹戈」(集成11365)に「曾大工尹季怡之用。」とあり、人名と解せる。

戦国末期「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1692・1966に「隈凡白(伯)怡父自乍(作)□(瀝)鼎」とあり、人名と解せる。

論語時代の置換候補:「台」に”よろこぶ”の語釈があり、初出は殷代末期の金文。ただし”よろこぶ”の語義は春秋末期までに確認出来ない。

備考:論語子路篇28の定州竹簡論語では「飴」di̯əɡ(平)に置き換えて記されている。

学研漢和大字典

会意兼形声。㠯(イ)は、耕作をするすき(耜)のこと。台(イ)は「口+(音符)㠯」の会意兼形声文字で、ことばをうまくあやつること。人工を加えて調節する意を含む。詒(イ)(あざむく)の原字。怡は「心+(音符)台」で、心を調整してかどを去り、なごやかにすること。治(チ)(河水を調整して穏やかにする)・耜(シ)(田畑をすいて平らにならす)などと同系。類義語に喜。

語義

  1. {動詞}よろこぶ。よろこばす。心が穏やかになごむ。心を和らげる。「怡怡(イイ)」「秦王不怡者良久=秦王怡(よろこ)ばざる者良久(ややひさ)し」〔史記・荊軻〕。「眄庭柯以怡顔=庭柯を眄て以て顔を怡ばしむ」〔陶潜・帰去来辞〕

字通

[形声]声符は台(い)。〔説文〕二上に「台は說(よろこ)ぶなり」とあり、〔史記、太史公自序〕に「諸呂台(よろこ)ばず」のような例がある。台は怡の初文。厶(㠯・耜(すき))に口(祝詞の器の𠙵(さい))を加えて農具を清める儀礼で、神意を怡(よろこ)ばせ、豊作がえられるとされた。

爲/為(イ・9画)

為 甲骨文 為 金文
(甲骨文・金文)

初出:初出は甲骨文

字形:象を調教するさま。

為 爲 異体字
慶大蔵論語疏は草書で記す。上掲「齊張龍伯造象記」(北斉)刻字近似。

音:カールグレン上古音(平/去)は不明。藤堂上古音はɦɪuar。

用例:『甲骨文合集』1288.1に「貞為賓」とあり、「貞う賓あらんか」と読める。”存在する”の語義が確認できる。

西周早期の金文「雍白鼎」に、「王令雝(雍)白(伯)啚于㞢為宮」とあり、「王雍伯啚をして㞢に宮をつくらしむ。」と読め、”つくる”の語義が確認できる。

西周早期の「カク鼎」に、「兄厥師眉𦝠。廌王為周客。易貝五朋。用為寶器。鼎二𣪕二。其用亯于厥帝考。」とあり、「兄厥師眉𦝠、王に薦められて周の客となり、貝五朋を賜り、用いて宝器をつくる。鼎二、𣪕二。其れ厥の帝考に享くるに用う」と読め、”…になる”・”つくる”の語義が確認できる。

西周早期の「麥方尊」に「王乘于舟,為大豊。」とあり、「王舟に乗りて、大礼を為す」と読め、”する”の語義を確認できる。

春秋末期「郘󱜰鐘」(集成225)に「余不敢為喬(驕)」とあり、”そのふりをする”と解せる。この語義は容易に”偽る”に転化できる。

戦国末期の「中山王方壺」(集成9735)に「為人臣而𢓉(反)臣其宔(主)、不羕(祥)莫大焉。」とあり、”作る”とも”偽る”とも解しうる。

漢語多功能字庫

甲骨文の段階で”する”を意味した。人名にも用いた。

金文の段階で、”作る”を意味した。それ以外の語義は戦国以降の後起。

学研漢和大字典

為 解字会意。爲の甲骨文字は「手+象」で、象に手を加えて手なずけ、調教するさま。人手を加えて、うまくしあげるの意。転じて、作為を加える→するの意となる。また原形をかえて何かになるとの意を生じた。僞(=偽。作為する)・譌(カ)(作為を加えたうそ)・化(姿をかえる、姿がかわる)・訛(カ)(姿をかえたことば、なまり)などと同系。

類義語に造。旧字「爲」は人名漢字として使える。▽付表では、「為替」を「かわせ」と読む。▽草書体をひらがな「ゐ」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「ゐ」ができた。

語義

  1. {動詞}なす。ある事に手を加えてうまくしあげる。作為する。《類義語》作。→語法「①」。
  2. {動詞}つくる。ある物に手を加えて、つくりあげる。「為此詩者其知道乎=此の詩を為る者は其れ道を知れるか」〔孟子・公上〕
  3. {動詞}おさめる(をさむ)。ある事に手を加えてうまくまとめる。「由也為之比及三年=由やこれを為め三年に及ぶ比ひ」〔論語・先進〕
  4. {動詞}なる。ある物事がもとの姿をかえて、他の物事に変化する。「変為」→語法「②」。
  5. {動詞}まなぶ。まねする。まねしておぼえる。▽古くは、「まねぶ」と訓じた。「女為周南召南矣乎=女周南召南を為びたるかな」〔論語・陽貨〕
  6. {動詞}たり。→語法「③」。
  7. 「為人(ヒトトナリ)」とは、人であるそのあり方、つまり人がらのこと。また、「其為物也(ソノモノタルヤ)」とは、物であるそのあり方、つまりその物の性質のこと。「其為人也孝弟而好犯上者鮮矣=其の人と為りや孝弟にして上を犯すことを好む者は鮮なし」〔論語・学而〕
  8. 「何以A為=何ぞAを以て為さんや」とは、どうしてAなどをする必要があろうかとの意。「何以文為=何ぞ文を以て為さんや」〔論語・顔淵〕
  9. {動詞}ため。ためにする(ためにす)。→語法「⑤」▽去声に読む。
  10. {前置詞}ため。ために。→語法「④」▽去声に読む。
  11. {接続詞}ためなり。→語法「⑥」▽去声に読む。

語法

①「~となす」とよみ、「~とする」「~である」「~と思う」と訳す。認定の意を示す。「晋太元中、武陵人捕魚為業=晋の太元中、武陵の人魚を捕へて業と為す」〈晋の太元年間に、武陵の人で、魚を捕らえることを仕事にしている者〉〔陶潜・桃花源記〕

②「~となる」とよみ、「~になる」と訳す。人・物・事が変化する意を示す。「故福之為禍、禍之為福、化不可極、深不可測也=故に福の禍と為り、禍の福と為るは、化極む可からず、深測る可からざるなり」〈つまりさいわいがわざわいとなり、わざわいがさいわいとなる、こうした変化は見極めることはできず、奥深さは予測することはできない〉〔淮南子・人間〕

③「たり」とよみ、「~である」と訳す。断定の意を示す。「是時赤泉侯為騎将=この時赤泉侯騎将たり」〈このとき赤泉侯(楊喜)は、騎馬隊長であった〉〔史記・項羽〕

④「A(=名詞)のために」「A(=代名詞)がために」とよみ、
(1)「Aのために」「Aのかわりに」と訳す。利益を受ける対象・目的を示す。「子以我為不信、吾為子先行=子我をもって信ならずと為さば、吾子が為に先行せん」〈君がわたしをうそつきと思うなら、わたしが君のかわりに前を歩こう〉〔戦国策・楚〕
(2)「~のせいで」「~によって」と訳す。原因・理由を示す。「為其老彊忍、下取履=その老なるが為に彊(し)ひて忍び、下りて履を取る」〈相手は老人であるのでじっと忍耐し、下におりてくつを取って来た〉〔史記・留侯〕
(3)「~に対して」「~にむかって」と訳す。行為・動作の対象を示す。「予嘗為女妄言之=予(わ)れ嘗(こころみ)に女(なんぢ)の為にこれを妄言せん」〈わたしがためしに、お前のためにでたらめにしゃべってみよう〉〔荘子・斉物論〕

⑤「A(=名詞)のために」「A(=代名詞)がためにす」とよみ、「~のためにする」と訳す。目的の意を示す。「④」を動詞化したもの。「嗟乎、予子、子之為智伯、名既成矣=嗟乎(ああ)、予子、子の智伯の為にするは、名すでに成れり」〈ああ、予譲よ、そなたが智伯のために(復讐しようと)した、その名誉はもはや全うされた〉〔史記・刺客〕

⑥「~がためなり」とよみ、「~のせいである」と訳す。原因・根拠の所在を示す。「為其象人而用之也=其の人に象りてこれを用ゐしがためなり」〈(俑という)人間に似たものをつくり、(副葬品として墓に)埋めたからである〉〔孟子・梁上〕

⑦「以~為…」は、「~をもって…となす」とよみ、「~を…とする(と思う)」と訳す。認定の意を示す。「天将以夫子為木鐸=天将にもって夫子を木鐸(ぼくたく)と為さんとす」〈天はやがて先生を天下の指導者になされましょう〉〔論語・八佾〕

⑧「以為~」は、「おもえらく~」「もって~となす」とよみ、「~と思う」「~と考える」と訳す。「以為直於君而曲於父=以為(おもへ)らく君に直なれども父に曲なり」〈思うに、君に対してはまっすぐであるが、父に対してはよこしまである〉〔韓非子・五蠹〕

⑨(1)「為~所…」は、「~の…するところとなる」とよみ、「~に…される」と訳す。受身の意を示す。「嘗遊楚、為楚相所辱=嘗(かつ)て楚に遊び、楚の相の辱むる所と為る」〈かつて楚の国に遊説に出かけ、楚の宰相から侮辱を受けた〉〔十八史略・春秋戦国〕▽ほかに「~がために…らる」「~に…らる」とよんでもよい。
(2)「為所~」のように動作主が省略されることがある。さらに「所」も省略されることがあり、「~となる」とよみ、「~される」と訳す。▽意味上受身となるので、「る」「らる」とよんでもよい。「厚者為戮、薄者見疑=厚き者は戮(りく)せられ、薄き者は疑はる」〈ひどい場合は殺され、軽い場合は疑われる(目に遭った)〉〔韓非子・説難〕

⑩「何為~」は、「なんすれぞ」とよみ、「どうして」「なぜ」と訳す。「何為其然也=何為(なんすれ)ぞそれ然らんか」〈どうしてそんなことがあろうか〉〔論語・雍也〕

字通

[会意]象+手。〔説文〕三下に「母猴なり」とし、猴(さる)の象形とするが、卜文の字形に明らかなように、手で象を使役する形。象の力によって、土木などの工事をなす意。

威(イ・9画)

威 金文
𤼈鐘・西周中期

初出:初出は西周中期の金文

字形:字形は「戈」+「女」。

音:カールグレン上古音はʔi̯wər(平)。

用例:「漢語多功能字庫」による原義は、武器で他人を脅すことと言う。金文では「畏」と混用され、”おそれさせる”・”おそれる”・”威張る”の意があり、戦国の竹簡でも”いばるさま”の意があるという。

西周早期の金文「大盂鼎」に「畏天畏」とあるのは、「畏天威」と釈文されている。

西周中期の「𤼈鐘」に「疋尹󱱪厥威義。」とある後半は、「その威儀」と読め、”いかめしい”・”おごそか”の語義が確認できる。

 

学研漢和大字典

会意文字で、「女+戊(エツ)(ほこ)」で、か弱い女性を武器でおどすさまを示す。力で上から押さえる意を含む。畏(イ)(こわさに押されおののく)・熨(イ)(ひのしで押しつける)・鬱(ウツ)(押さえこめる)と同系のことば。

語義

  1. {名詞}おどし。人をおどかす力やおごそかさ。「作威=威を作す」「畏天之威=天の威を畏る」〔孟子・梁下〕
  2. (イス)(Yス){動詞}おどす。力ずくで、相手をへこませる。おそれさす。「威圧」「威天下不以兵革之利=天下を威するに兵革の利を以てせず」〔孟子・公下〕
  3. (イアリ)(Yアリ){形容詞}たけし。相手を屈伏させる力や品格があるさま。いたけだか。「君子不重則不威=君子は重からざれば則ち威あらず」〔論語・学而〕
  4. 「威遅(イチ)」とは、うねうねと続くさま。

字通

[会意]戉(えつ)+女。〔説文〕十二下に戌と女との会意とし、「姑なり。~漢律に曰く、婦は威姑に告ぐ」と漢律の語を引く。西周の金文に「威義」の語があり、〔詩〕〔書〕には「威儀」に作る。字形を以ていえば、戉は鉞(まさかり)。女子が事廟をつとめるとき、聖器としての鉞で清め、その威儀を正す意。威儀のあることを原義とする。

畏(イ・9画)

畏 甲骨文 畏 金文
甲骨文/大盂鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「田」+「人」=頭の大きな化け物が、「卜」=長柄武器を持って迫ってくる姿で、原義は”おそろしい”・”おそれる”。

音:カールグレン上古音はʔi̯wər(去)。

用例:「甲骨文合集」14173正.1に「貞畏其有𡆥」とあり、「とう、其れ𡆥うれい有るを畏れんか」とあり、”おそれる”と解せる。

西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「畏天畏(威)」とあり、”おそれうやまう”・”威力”と解せる。

春秋末期「叔尸鐘」(集成285)に「女少心畏忌」とあり、”おそれつつしむ”と解せる。

漢語多功能字庫」もほぼこのようなことを言う。

学研漢和大字典

象形。大きな頭をした鬼が手に武器を持っておどすさまを描いたもので、気味悪い威圧を感じること。威(押さえつける)・隈(ワイ)(押さえくぼんだ所)と同系。また鬱(ウツ)(押さえられた感じ)は畏の語尾がtに転じたことば。類義語に恐。

語義

  1. {動詞}おそれる(おそる)。おさえられた感じを受ける。威圧を感じて心がすくむ。また、おそろしくて気味が悪い。おびえる。《類義語》恐・懼(ク)。「畏怖(イフ)」「予畏上帝=予上帝を畏る」〔書経・湯誓〕。「後生可畏=後生畏るべし」〔論語・子罕〕
  2. {動詞}おそれる(おそる)。こわいめにあう。また、おどされる。たちすくむ。《類義語》威。「子畏於匡=子匡に畏る」〔論語・子罕〕
  3. {名詞}おそれ。気味悪さ。また、威圧を受けた感じ。「天畏(テンイ)」。
  4. {形容詞}心のすくむようなさま。こわいさま。転じて、尊敬すべき。「畏友(イユウ)」。
  5. 《日本語での特別な意味》
    ①かしこい(かしこし)。おそれ多い。また、ありがたい。「申すも畏し」。
    ②かしこまる。おそれ入ってつつしむ。また、つつしんで承る。「畏つて候ふ」。

字通

[象形]鬼頭のものの形。〔説文〕九上に「惡なり」とし、上は鬼頭、下は虎爪にして「畏るべき」ものとするが、下部は人と呪杖の形である。卜文・金文の形は鬼頭の者が呪杖をもち、その威霊を示す形。夢などにあらわれるものをいい、卜辞に「畏夢多し」などの語がある。

胃(イ・9画)

胃 金文 謂 金文
胃公鼎・春秋早期/少虡劍・春秋末期

初出は春秋早期の金文。カールグレン上古音はgi̯wəd(去)。同音は下記の通り。金文では”謂う”に用いられる。詳細は論語語釈「謂」を参照。

初出 声調 備考
春秋早期金文
あたる・いう 春秋石鼓文 →語釈
いもうと 説文解字
はりねずみ 楚系戦国文字

字形は胃の象形。のち「」+「月」”肉”と書かれる。原義は「胃」。「漢語多功能字庫」によると、金文では氏族名(胃公鼎・西周)、「謂う」として”言う”(少虡劍・春秋)に用いられた。

漢語多功能字庫

金文從「」從「◎」。「◎」象胃形,為「」之初文。


金文は「肉」と「◎」の字形に属する。「◎」は胃の象形で、「胃」の初文である。

※「◎」は文字化できない某かの記号を便宜的に表し、「漢語多功能字庫」では複数の違う字形を「◎」で代用している。ここでは「」。初文としての「」は「小学堂」でも「国学大師」でも見つからない。

学研漢和大字典

会意。「まるいいぶくろの中に、食べた穀物が点々とはいっているさま+肉」で、まるい袋状のいぶくろ。囲(イ)(まるくかこむ)・蝟(イ)(まるく集まる)・帷(イ)(まるくかこむ幕)などと同系。

語義

  1. {名詞}消化器官の一つ。食道と腸の間にあって、まるい袋状をなす。漢方医学では六腑(ロップ)の一つ。いぶくろ。「胃腸」「胃口(食欲)」。
  2. {名詞}二十八宿の一つ。規準星は今のおひつじ座に含まれる。こきえ。

字通

[会意]田+月。〔説文〕四下に「穀府なり。肉𡇒に從ふ。象形」という。田は胃の象形。𡇒は田中に穀のある形。下部は肉の形をとる。

※篆書以降の解釈では田+月でよいが、「田」の甲金文に「」の形は見えず、「𡇒ベイ」(『大漢和辞典』では”地名”という)はおそらく「」とは別字。

韋(イ・10画)

韋 甲骨文韋 金文
合集6856/黃韋俞父盤・春秋

初出:初出は甲骨文

字形:基準となる󱩾形を、互い違いに歩く足跡。

音:カールグレン上古音はgi̯wər(平)。

用例:甲骨文では地名・人名に用いた。西周の金文では人名に、また”皮革”の意に用いた。春秋の金文では、人名に用いた。

学研漢和大字典

会意。口印の周囲を右足と左足が回っているさまを示す。もと、ロータリーをぐるりとめぐって歩くこと。また、左足と右足が行き違うことをあらわし、違の原字でもある。韋は、からだにぐるりと巻きつけるなめしがわ。圍(=囲。ぐるりとかこむ)・諱(キ)(すれちがいに避けて、いわない)などと同系。常用漢字の一部として使われるときは「ヰ」を四画に数えて全体を十画とする。

語義

  1. {名詞}なめしがわ(なめしがは)。毛をとりさって柔らかくなめした動物のかわ。《類義語》皮・革・鞣(ジュウ)。
  2. {形容詞}なめしがわのように柔らかい。しなやか。「脂韋(シイ)(ねっとりして柔らかい)」「韋柔(イジュウ)」。
  3. {動詞}そむく。行き違いになる。▽違に当てた用法。
  4. {動詞・名詞}とりかこむ。めぐらす。まわりにめぐらした囲い。▽囲に当てた用法。

字通

[象形]卜文・古文の字形に、獣皮を木に張り、巻きつけてなめす形を示すものがあり、韋皮の象。

倚(イ・10画)

初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はʔia(上)。同音に猗”ああという賛嘆の声”、椅”アオギリ”、陭”坂の名”、旖”旗のなびくさま”、輢”車の両脇のもたれる板”。近音同訓の依ʔi̯ər(平)の初出は甲骨文。

学研漢和大字典

会意兼形声。可は┓型に曲がるの意を含む。奇は「大(人が大の字形にたつさま)+(音符)可」の会意兼形声文字で、┓型や∠型に曲がって不安定にたつこと。のち、奇怪(正常でない)の意に転用された。倚は「人+(音符)奇」で、直立せず何かにもたれて∠型にたつことで、奇の原義をあらわす。踦(キ)(足が不自由)・寄(よりかかる)と同系。

語義

  1. {動詞}よる。よりかかる。もたれる。《類義語》寄。「見其倚於衡也=其の衡に倚るを見る」〔論語・衛霊公〕
  2. {動詞}よる。うしろだてにしてたよりにする。「親倚都護=親しく都護に倚る」〔漢書・西域〕
  3. {動詞}よる。主となるものをたよりにして調子をあわす。「倚歌而和之=歌に倚りてこれに和す」〔蘇軾・赤壁賦〕
  4. {名詞}背をもたせかけるいす。▽椅子(イス)の椅に当てた用法。
  5. {名詞・形容詞}片足が不自由なこと。かたよっているさま。▽踦・畸に当てた用法。そのときはキと読む。

字通

[形声]声符は奇(き)。奇に猗・椅(い)の声がある。奇は把手のある大きな曲刀の形で、直立しがたいものである。〔説文〕八上に「依るなり」とあり、他のものに倚附し、よりかかる状態をいう。

異(イ・11画)

異 甲骨文 異 金文
甲骨文/虢叔旅鐘・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は頭の大きな人が両腕を広げたさま。

音:カールグレン上古音はgi̯əɡ(去)。

用例:「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、全ての用例を名詞に分類している。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”事故”と解読されている。災いをもたらす化け物の意だろう。金文では西周早期の「召圜器」に、紆余曲折あってやっと、を意味する「すなわち」の意で用いられている。また西周末期の「梁其鐘」では、”気を付ける”の意で用いられている。また西周早期の「大盂鼎」では、”補佐する”の意で用いられている。

西周早期の「󱞟圜器」(『殷周金文集成』10360)に「弗敢忘王休異」とあり、「異」は「翼」と釈文されている。おそらく”さかん”の意だろう。

”ことなる”の語義は「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論04に「丌(其)甬(用)心各異」とあるのが初出。

学研漢和大字典

こぶとりじいさん 異
音ḍiəg – yiei – i – i〔yi〕。「大きなざる、または頭+両手を出したからだ」の会意文字で、一本の手のほか、もう一本の別の手を添えて物を持つさま。同一ではなく、別にもう一つとの意。翼(一枚のほかもう一枚あるつばさ)-翌(当日のほかの別の日)と同系のことば。代dəg → dəi(別の、代わりの)や𡟒ヨウ ḍiəŋ → yiəŋ(もうひとりの別のそえ妻)などとも縁が近い。

語義

  1. (イナリ){形容詞}ことなる。もう一つ別の。また、同じではないさま。《対語》⇒同。「異類」「異端(正統でない他の説や信仰)」「無異=異なること無し」「是何異於刺人而殺之、曰非我也兵也=是れ何ぞ人を刺してこれを殺し、我に非ざるなり兵なりと曰ふに異ならんや」〔孟子・梁上〕
  2. {形容詞}自分とは違ったさま。よその。また、その時とは違ったさま。《類義語》他。「異邦」「異日」。
  3. (イナリ){形容詞}ことなる。あやしい(あやし)。普通とは違って奇妙なさま。変なさま。《対語》常・正。《類義語》殊。「異様」「卓異(とりわけ目だつさま)」「恩旨殊異=恩旨殊に異なる」〔枕中記〕
  4. {名詞}普通とは違った奇妙な事がら。《対語》常・正。「変異」「災異」「天変地異」「吾以子為異之問=吾子を以て異をの問ふと為す」〔論語・先進〕
  5. {動詞}ことにする(ことにす)。別々になる。また、わかれている。《対語》同。「首足異処=首足処を異にす」「同出而異名=同じく出でて名を異にす」〔老子・一〕
  6. (イトス){動詞}あやしむ。不思議だと思う。「驚異」「王、無異於百姓之以王為愛也=王、百姓の王を以て愛めりと為すを異しむこと無かれ」〔孟子・梁上〕
  7. 「分異(ブンイ)」とは、兄弟が別居すること。
  8. 「異途(イト)」とは、正式のコースを正途というのに対して、特殊なコースのこと。

字通

〔説文〕三上に「分かつなり」と分異の意とし、字を(与える)+きょう(両手)の会意とする。卜文・金文の字形によると、鬼頭のものが両手をあげている形。畏はその側身形。神異のものを示す。

訓義

ことなる、ことにする、わかつ。神異のものとして、あやし、あやしむ。異変のことで、わざわい。ものを翼戴する形で、古くは翼の音で用いた。

大漢和辞典

会意。畀(あたえる)と廾(両手)とを合わせて、まさに物を与えようとしてこれを両手に分割する意を表す。金文は象形文字で、鬼の面をかぶり両手をかざしている姿にかたどり、恐ろしい異形の意を表す。

字解

ことなる、ことなり。ことにする。ことなりとする。わざわい。謀反。姓。

惟(イ・11画)

惟 金文
宰椃角・商代末期或西周早期

初出:初出は殷代末期の金文。ただし字形は部品の「隹」のみで、現行字体の初出は楚系戦国文字。戦国時代の金文に「惟」に比定されている字があるが、字形は「口」+「廿」+「隹」で、どうして「惟」に比定されたか明らかでない。

音:「イ」は漢音、「ユイ」は呉音。カールグレン上古音はdi̯wər(平)で、唯、帷、維などと同じ。

用例:金文では「唯」とほぼ同様に、”はい”を意味する肯定の語に用いられた。春秋末期までに、”そもそも”・”丁度その時”・”ひたすら”・”ただ~だけ”の意がある。論語語釈「唯」を参照。

備考:備考:論語語釈「唯」論語語釈「維」も参照。「漢語多功能字庫」には、出土物や論語の読解に関して見るべき情報はない。

学研漢和大字典

形声。「心+(音符)隹(スイ)」。隹(とり)は音符であり、意味には関係がない。▽惟・維はもと近い物をさし示す指示詞であり、「ただこれだけ」の意から、強く限定することばとなった。また、ある点に限って心を注ぐ意の動詞ともなった。「これ」の意なら「隹」「維」と書き、「ただ」の意なら「唯」と書き、「おもう」の意なら「惟」と書くのが正則。

語義

  1. {動詞}おもう(おもふ)。心をもっぱらある点に注ぐ。よく考えてみる。「思惟(シイ)・(シユイ)」「伏惟=伏して惟ふに」。
  2. {指示詞}これ。→語法「②」。
  3. {副詞}ただ。→語法「①」

語法

①「ただ(に)~のみ」「ただ~のままならん」とよみ、「ただ~だけ」「ただ~にすぎない」と訳す。限定の意を示す。《同義語》唯。「無恒産而有恒心者、惟士為能=恒産無(な)くして恒心有るは、ただ士のみよくすと為す」〈安定した生業がなくとも変わらぬ道徳心を持ち続けることは、士人だけができることです〉〔孟子・梁上〕
②「これ」とよむ。文頭または句間において語調を転じて強調する意を示す。《同義語》維。《類義語》是・此。「其命惟新=その命これ新たなり」〈天命を受けて王者となったのはまだ新しいことだ〉〔孟子・滕上〕

字通

[形声]声符は隹(すい)。隹に唯・維(い)の声がある。〔説文〕十下に「凡思なり」という。また慮に「謀思」、念に「常思」、想に「冀思」とあり、「凡思」とは汎(ひろ)く思う意であろう。隹は鳥占(とりうら)。その神意を示すことを唯といい、神意をはかることを惟といい、やがて人の思念する意となった。

唯(イ・11画)

唯 甲骨文 唯 金文
甲骨文/獻侯鼎・西周早期

初出:現行字体の初出は甲骨文(明藏576)。

字形:「𠙵」”くち”+「隹」”とり”だが、早くから「隹」は”とり”の意では用いられず、発言者の感情を表す語気詞”はい”を意味する肯定の言葉に用いられ、「唯」が独立する結果になった。

音:「ユイ」は呉音。カールグレン上古音はdi̯wər(平・上)。

用例:甲骨文での用例は、欠字が多くて訳者には判読できない。

殷代末期「戍󺽶鼎」(集成2694)に「丁卯。王令宜子䢔西方于省。隹返。」とあり、「隹」は「唯」と釈文されている。発語の辞「これ」で、”そもそも”・”丁度その時”の意。

西周早期「𢉅父鼎」(集成2671)に「隹女率我友厶事。」とあり、「隹」は「唯」と釈文され、「ただなんじ我が友を率いてもてつかえよ」と読め、”ひたすら”・”ただ~だけ”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文・金文で確認できるのは”はい”の意だけだといい、”ただ~だけ”の語義は、春秋時代以前の例として記さない。

論語語釈「維」論語語釈「惟」も参照。

学研漢和大字典

形声。「口+(音符)隹(スイ)」。惟(ユイ)や維と同じで、本来は「これ」と指定することば。強く「これだけ」と限定することから「ただ」の意の副詞となる。限定をあらわす副詞は只(シ)・祇(シ)および特・徒などさまざまの字であらわすが、その働きは同じ。ことに唯と只は全く同様に用いる。「ただ」の意味のときは「只」とも書く。

語義

  1. {副詞}ただ。→語法「①」。
  2. {副詞}ただ。→語法「④」。
  3. 「唯見(タダミ)る」とは、詩の慣用語で、ただ…が見えるだけの意。「唯見長江天際流=唯だ見る長江の天際に流るるを」〔李白・送孟浩然〕
  4. {感動詞}「はい」とかしこまって急ぎ答える返事をあらわすことば。《類義語》諾(考えてゆっくり答える返事)。▽上声に読む。「曾子曰唯=曾子曰はく唯」〔論語・里仁〕

語法

①「ただ~のみ」とよみ、「ただ~だけ」「ただ~にすぎない」と訳す。単独・限定の意を示す。《同義語》惟・維。《類義語》只・祇。「唯聖人能外内無患=ただ聖人のみよく外内に患(うれ)ひ無(な)し」〈ただ聖人だけが、国の内外に心配事がない〉〔春秋左氏伝・成一六〕

②「不唯~」は、「ただ~のみならず」とよみ、「ただ~だけではない」と訳す。範囲・条件が限定されない意を示す。「不唯忘帰、可以終老=ただに帰るを忘るるのみならず、もって老を終う可し」〈ただ帰ることを忘れるだけではない、老年期を過ごしてもよい〉〔白居易・与微之書〕▽後節に「又(亦)…=また…」「且…=かつ…」と続けて、「~だけでなく、…もまたそうである」と訳す。後節では、さらに累加する意を示す。「寡人之使吾子処此、不唯許国之為、亦聊以固吾圉也=寡人(かじん)の吾子をしてここに処(お)ら使むるは、ただに許国の為のみならず、また聊(よ)つてもって吾が圉(ぎょ)を固(かた)くするなり」〈わたくしが吾子をここ(東辺)に居させるのは、ただ許国のためだけではなく、わが辺境を固めるためである〉〔春秋左氏伝・隠一一〕

③「A唯C是(之)B」は、「AただCのみこれBす」とよみ、「AはひたすらCだけをBする」と訳す。▽「A(=主語)唯B(=述語)C(=目的語)=AはただCをBするのみ」と限定の意を示す「唯」が使用される文で、「C(目的語)」を特に強調する場合に用いる。倒置して強調したことを明示するために「是」を入れる。「唯民是保、而利於主、国之宝也=ただ民をこれ保(やす)んじて、主を利するは、国の宝なり」〈ただ人民を保護することを目的として行動して、しかも利益が君主の意向と合致しているような将軍は、国家の宝である〉〔孫子・地形〕

④「ただ~のままに」「ただ~のままなり」とよみ、「ひたすら~のとおりにする」と訳す。行為を思いのままにさせる意を示す。▽「唯~所…」は、「ただ~の…するところのまま(なり)」とよみ、「ひたすら~の…するとおりにする」と訳す。「唯王所欲用之、雖赴水火猶可也=ただ王のこれを用ひんと欲する所のまま、水火に赴くと雖(いへど)も猶(な)ほ可なり」〈ただもう王がこの兵たちを用いようと思われることなら、たとい水火にとびこむことでも仰せのとおりにさせることができます〉〔史記・孫子呉起〕

⑤「いえども(いへ/ども)」とよみ、「~であっても」と訳す。逆接の仮定条件の意を示す。《同義語》雖。「唯禹不知仁義法正=禹と唯(いへど)も仁義法正を知らず」〈禹でも仁義や法規をわきまえない〉〔荀子・性悪〕

⑥「ただ~せよ」「ただ~せんことを」とよみ、「ひたすら~しなさい」と訳す。相手に対する希望・願望の意を示す。「唯荊卿留意焉=ただ荊卿意を留めよ」〈どうか荊卿とくとお考え頂けないでしょうか〉〔史記・刺客〕

字通

[会意]口+隹(すい)。〔説文〕二上に「諾するなり」とあり、唯諾は応答の語である。また口に従う字とするが、口は祝告の器である𠙵(さい)で、祈り。その𠙵が蠱(こ)に禍されているときは雖となり、保留・限定の意となる。唯は鳥占(とりうら)。はじめ隹を用い、のち唯・惟・維を用いる。鳥占によって神意の是とするところを隹という。肯定の応答である。

帷(イ・11画)

帷 隷書
相馬經1・前漢

初出:初出は前漢の隷書

字形:「巾」”垂れぬの”+音符「隹」。宋代に収集された古文によると、古形は「𠥛」であったらしい。秦漢交代期に大きな表記変更があったと想像されるが、甲金文や戦国文字が未発掘なので何とも言えない。

音:カールグレン上古音はdi̯wər(平)。同音に隹を部品とする漢字群。

用例:文献上の初出は論語郷党篇6。戦国時代の『墨子』『荘子』『韓非子』にも用例がある。

幃 金文
「幃」伯晨鼎・西周中末期

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「幃」があり、初出は西周中末期の金文「白䢅鼎」(集成2816)。「易女…虎幃。」とあり、トラ革のとばりと解せる。「巾」の上にも「口」”あたま”が記されているのは、おそらく現代の成金が座敷に飾るようなトラなどの頭が、立て竿の先に付いていたのだろう。カ音は不明。ただし「隹」ȶi̯wər(平)に対し「韋」gi̯wər(平)。音素の共通率は75%だから音通と言ってよいが、それより春秋~秦末までの間に素材が織物に変わってブツが社会に普及した代わりに、字が変形した可能性の方が高いだろう。

学研漢和大字典

形声。「巾+(音符)淮(ワイ)の略体」で、周囲にたらす布。まるくとり巻く意を含む。「説文解字」に「旁(かたわら)に在るを帷という」とあり、わきをとり巻く意と解する。囲と同系。類義語の幔(マン)は、長くたらすまく。帳は、上からたらした長いまく。幃(イ)は、帷と同じように、周囲をかこむまく。幄(アク)は、上から屋根のようにおおったまく。「とばり」は「帳」とも書く。

語義

  1. {名詞}とばり。周囲をとり巻いてたらす幕。《類義語》幃(イ)。「帷帳(イチョウ)」「披帷西嚮立=帷を披(ひら)き西嚮(せいきゃう)して立つ」〔史記・項羽〕
  2. {名詞}車上の席やひつぎをとり巻くおおい。

字通

[形声]声符は隹(すい)。隹に唯・維・惟(い)の声がある。〔説文〕七下に「旁に在るを帷と曰ふ」とあり、また「幕、帷の上に在るを幕と曰ふ。食案を覆ふをも亦た幕と曰ふ」「㡘は帷なり」とあり、垂れぎぬを帷という。古文は韋に従い、めぐらす意がある。

移(イ・11画)

初出は秦系戦国文字。カールグレン上古音はdia(平)。同音に迻”うつる・うつす”(初出は楚系戦国文字)、杝”まがき”、椸”衣桁”、迆=迤”ななめ”、酏”キビ酒”、匜”水差し”、ヘビ(以上平)、施(去)(初出は秦の篆書)。『大漢和辞典』での音イ訓うつるは、扡(初出・上古音不明)、拪(初出は楚系戦国文字・上古音不明)、拸(初出・上古音不明)、施、迻dia(平)(初出は楚系戦国文字)。結論として論語時代の置換候補はない。

古文ではへんがしんにょうになっていたり、つくりが也になっていたりする

学研漢和大字典

形声。「禾(いね)+(音符)多」。多(おおい)には直接の関係はない。もと稲の穂が風に吹かれて、横へ横へとなびくこと。→型に横へずれる意を含む。疉(イ)とも書く。挓(タ)(横へ引く)・舵(ダ)(横へ引くかじ)・施(シ)(横へのばす)・迤(イ)(横へなびく)などと同系。類義語に徙。草書体をひらがな「い」として使うこともある。

語義

  1. {動詞}うつる。うつす。横にずれる。ずれて動く。位置や時間がしだいにずれていく。《同義語》⇒畸(イ)。「倚移(イイ)(なよなよと横になびく)」「推移」「星移斗転=星移り斗転る」。
  2. {動詞}うつす。横にひっぱる。ずらせて動かす。位置や立場をかえる。「移植」「移時=時を移す」「移動」「貧賤不能移=貧賤も移すこと能はず」〔孟子・滕下〕
  3. {動詞・名詞}文書を次々に回す。横にずらせてつぎつぎにまわす回覧文。まわしぶみ。「移文」。
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①うつる。色がしだいにかわる。
    ②うつる。においや病気が、よこのものにつたわる。伝染する。「移り香」「はしかが移る」。

字通

[会意]禾(か)+多。〔説文〕七上に「禾、相ひ倚移するなり」とし、多声とするが、声義ともに適当でない。〔左伝、哀六年〕に、楚王の災禍を令尹(れいいん)に移す禜(えい)という祟(たたり)よけの話があり、移殃(いおう)を原義とする字と思われる。禾は禾穀、多は肉の象。この両者を供えて祀り、災異を他に転移することをいう。

意(イ・13画)

意 金文
九年衛鼎・西周中期

初出:初出は西周中期の金文。ただし字形は「啻」または「𠶷」。「小学堂」による初出は秦系戦国文字

字形:西周金文の字形は「辛」”刃物”+「○」+「𠙵」”くち”で、”切り開いて口に出たもの”の意。現伝字形はその下にさらに「心」を加えた字で、”言いたいような思い”の意。「𠙵」が「曰」に変化しているのは、”言葉を口に出した”ことを意味する。

音:カールグレン上古音はʔi̯əɡ(去)。同音に医の正字の他、意を部品とする漢字群。論語では子罕篇4でのみ登場。

用例:西周中期「九年衛鼎」(集成2831)に「矩廼𥄳󱲸粦令󱴊商𥄳意。」とあり、”考えていること”と解せなくもない。

西周中期「史牆盤」(集成10175)に「㒸尹𠶷彊。」とあり、何を意味しているのか分からない。中国の漢学教授は「億」”多い”または”守る”の意だろうと言っている。根拠を言わないから賛成しない。

備考:『学研漢和大字典』『字通』『大漢和辞典』共に、名詞では”こころ・思い・憶測・意味”という語釈しか立てていない。『大漢和辞典』は本章の「意」をその派生義として”私意”と解している。「意なし」とは”私利私欲を考えない”ということだろうか。すると「我なし」とどう違うのだろうか。

『学研漢和大字典』では原義を音(口の中に物を含むさま)+心とし、”心中に考えめぐらし、おもいを胸中に含んで外に出さないこと”という。『字通』では「音は言(祝詞)に対して、”神の音なひ”を示す自鳴の音が加わることを示す字」とし、”その神意を憶度おくたくすること”という。

「音」(カ音ʔi̯əm)は甲骨文が発掘されていないので、「言」(同ŋi̯ăn)と金文同士で比較する。
音 金文 言 金文
「音」「言」

全く違いが無い。「音」の字形が分化したのは、春秋時代に入ってからになる。
音 金文

つまり春秋時代の作である論語では、「言」と違う意味が生まれていたことになる。藤堂説で「音」を”含むさま”と解するのは、おそらく音の藤堂上古音・ɪəmと、含のɦəmが音通することからだろう。・は空咳の音に近く、ɦはhの濁音で・に近く、ɪはエに近いアだからだ。

一方『字通』は「音」の原義を、「言は神に誓って祈ることばをいう。言の下部の祝禱の器を示す𠙵(さい)の中に、神の応答を示す一を加えた形。神はその音を以て神の訪れを示した。器の自鳴を示す意である」という。

いずれも卓説と言うべきだが、𠙵に一が加わった形を、白川博士は「祈祷文を収めた姿」とも説く。どちらなのだろうか。どちらでもありうるのだろうか。

学研漢和大字典

会意。音とは、口の中に物を含むさま。意は「音(含む)+心」で、心中に考えめぐらし、おもいを胸中に含んで外に出さないことを示す。憶(オク)(おもいを心中に含んで胸が詰まる)・抑(ヨク)(中におさえ含む)と同系。付表では、「意気地」を「いくじ」と読む。▽草書体をひらがな「い」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}こころ。おもい(おもひ)。心中でおもいめぐらした考え。心中のおもい。おもわく。気持ち。「留意(気をつける)」「得意=意を得」「其意常在沛公也=其の意常に沛公に在るなり」〔史記・項羽〕。「明朝有意抱琴来=明朝意有らば琴を抱いて来たれ」〔李白・山中与幽人対酌〕
  2. {名詞}わけ。意味。「文意」「略知其意=略ぼ其の意を知る」〔史記・項羽〕
  3. (イス){動詞}おもう(おもふ)。心の中でおもいめぐらす。かってな憶測をする。《類義語》憶。「毋意=意する毋し」〔論語・子罕〕→語法「①②」

語法

①「おもうに」とよみ、「かんがえるに」と訳す。推量の意を示す。▽「意者」も、意味・用法ともに同じ。「意者身不敬与=意(おも)ふに身の不敬なるや」〈思うに、それは態度が不敬なのではなかろうか〉〔荀子・子道〕
②「不意」は、「おもわざりき~せんとは」とよみ、「はからずも~とは」「おもいもよらず~」と訳す。予想もつかない、意表をつかれる意を示す。「我不意子学古之道、而以餔啜也=我意(おも)はざりき子古の道を学んで、而(しか)ももって餔啜(ほせつ)せんとは」〈わたしは思ってもみなかった、お前が昔の聖人の道を学びながら、飲食ばかりするとは〉〔孟子・離上〕▽「不料=はからざりき」も、意味・用法ともに同じ。
③「おもうに」「そもそも」とよみ、「それとも」「あるいは」と訳す。選択の意を示す。▽「邪」「乎」などとともに用いる。《類義語》抑。「意知而力不能行邪=意(そもそも)知れども力(ちから)行ふこと能はざるや」〈それとも分かってはいるけれど実行する力がないのか〉〔荘子・盗跖〕

字通

[会意]音+心。〔説文〕十下に「言を察して意を知るなり」とし、字を言に従うものと解するが、字は音に従う。音は言(祝詞)に対して、「神の音なひ」を示す自鳴の音が加わることを示す字。もと「神の音なひ」、すなわち「おとづれ」。意は、その神意を憶度おくたくすることをいう。

訓義

1.おしはかる。
2.ひろくものごとを推量して考えること、おもう。
3.考えてその意志を定めること、こころ。
4.噫と通用する。ああ。

声系

〔説文〕に意声として、噫・檍・薏など四字を録する。噫は深く意(おも)うときの嘆声である。

語系

意・噫iə、嘻・譆xiəは声義近く、感動詞に用いる。意・億iəkは同声、通用する。

違(イ・13画)

違 金文
臣卿鼎・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「辵」”あし”+「韋」”めぐる”で、原義は明らかでないが、おそらく”はるかにゆく”だったと思われる。

違 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔辶麦〕」(unicode:2E792)と記し、『龍龕手鑑』(遼)所収。

音:カールグレン上古音はgi̯wər(平)。

用例:西周早期の「臣卿鼎」(集成2595)に「公違省自東。才新邑。」とあり、「公東よりはるかにみ、新邑にあり」と読め、”はるかに行く”と解せる。「臣卿𣪕」(集成3948)にも同文がある。

西周早期の「班𣪕」(集成4341)に「隹(唯)敬德,亡逌(攸)違。」とあり、「ただ徳を敬い、違うところ亡かれ」と読め、”間違える”・”そむく”と解せる。

2022年1月現在、春秋末期までの用例は以上のみ。

「漢語多功能字庫」によると、金文では”そむく”(班簋・西周)、”はるか”(臣卿簋・西周?)の意があり、戦国の竹簡では”そむく”の用例がある。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、韋(イ)は、物をあらわす口印を中心にして、左右の足が逆向きにあるさまを示す会意文字。違は「辶+(音符)韋」で、←→型にいきちがいになること。

諱(キ)(ことばがぶつからないよう避ける→あることばをいむ)と同系のことば。

語義

  1. {動詞}ちがう(ちがふ)。たがう(たがふ)。そむく。きまった方向と向きが逆になる。くいちがう。「違反」。
  2. {動詞}さる。離れさる。あわない。仲たがいする。「崔子弑斉君、陳文子有馬十乗、棄而違之=崔子斉の君を弑す、陳文子馬十乗有り、棄ててこれを違る」〔論語・公冶長〕

字通

[形声]声符は韋(い)。〔説文〕二下に「離るるなり」とあって、離去の意とする。韋字条五下に「相ひ背(そむ)くなり」とする訓を承けるものであるが、韋は囗(い)(城郭)の上下に左行・右行する足(止)を加えたもので、めぐる意。辵を加えてその行為をいう。

飴(イ・13画)

飴 金文 飴 隷書
「𩛛」㒼簋・西周中期/「飴」老子乙前139下・前漢

初出:通説による初出は西周早期の金文。ただし字体は「𩛛」。現行字形の初出は前漢の隷書。「𩛛」が初出に挙げられているのは、現行の『説文解字』が「𩛛」を「飴」の籀文(秦系戦国文字の一種)として載せるからで、「𩛛,籒文飴从異省」と断定して述べるのみで論拠を記さず、「飴」=〔食〕+〔台〕”手に持つ”からの連想ゲームに過ぎず、とうていこんにちでは通用しない。

字形:初出とされる字形は〔食〕+〔共〕で、器に盛っためしを捧げるさま。”あめ”ではありえず、確実に”あめ”の意が確認出来るのは『説文解字』から。「米糱煎也」とあり、”糖化した穀物を煮詰めたもの”という。「飴」字形は〔食〕+音符〔台〕で、原義は判然としない。

音:カールグレン上古音はdi̯əɡ(平)。「怡」と同音同調。

用例:「𩛛」の字形では、西周早期の金文・「堇鼎」(集成2703)に「匽𥎦令堇𩛛大保于宗周」とあり、”(食事を)進める”と解せる。

同じく西周中期「㒼𣪕」(集成4195)に「王命㒼𥄳弔兓父歸吳姬𩛛器」とあり、”めし”と解せる。

論語時代の置換候補:「飴」の字形では部品の「台」に”よろこぶ”の意があるが、春秋末期までにその用例を確認出来ない。

備考:論語子路篇28の定州竹簡論語では「怡」di̯əɡ(平)の繰り返し後半で用いられている。

学研漢和大字典

会意兼形声。「食+(音符)台(人工を加えて調整する)」。穀物に人工を加えて、柔らかく甘くした食物。

語義

  1. {名詞}あめ。水あめ。
  1. (ジス){動詞}食物を与える。養う。▽飼(食物を与える)に当てた用法。

字通

飴 籀文
(籀文)

[形声]声符は台(い)。〔説文〕五下に「米蘖(べいげつ)の煎(い)れる者なり」という。籀文(ちゅうぶん)の字形は、その製法を示すものであろう。

維(イ・14画)

維 金文 維 金文
宰椃角・殷代末期或西周早期/蔡侯墓殘鐘四十七片・春秋晚期

初出:初出は殷代末期または西周初期の金文。ただし字形は「隹」”とり”。現行字体の初出は西周末期の金文。

字形:「糸」+「隹」。鳥をひもでゆわえるさま。原義は”つなぐ”。

音:「ユイ」は呉音。カールグレン上古音はdi̯wər(平)。

用例:西周末期の「虢季子白盤」(集成10173)に器名に続いて「不顯子白。󱴯(壯)武于戎工。經󱡙(維)四方。博伐𠪚(玁)󱭤(狁)。」とあり、「維」に「攴」を加えた字体で記されている。”これ”または”つな”と解せる。

金文ではこのほか春秋末期の二例があるが、欠損が多くて解読できない。

漢語多功能字庫」によると、金文では人名に用いられた(出典不明)。

備考:論語語釈「唯」論語語釈「惟」も参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。隹(スイ)は、ずんぐりと重みがかかった鳥。維は「糸(つな)+(音符)隹」で、下方に垂れて押さえ引っぱるつな。帷(イ)(下に垂れたとばり)・椎(ツイ)(下ぶくれの形をした重いつち)などと同系。類義語の経は、縦の糸や大すじ。緯は、横にめぐらした糸やすじ。繊は、きわめて細い糸やすじ。

語義

  1. {名詞}つな。四すみを引っぱるつな。車のおおい、天幕などの四すみの押さえづな。《類義語》綱。「綱維(しめて押さえるつな、おきて)」「天経地維(天地を引きしめるおおづな、秩序)」。
  2. {動詞}つなぐ。つなで引きしめる。また、転じて、体制を引きしめておさえる。「維持」「以維邦国=以て邦国を維ぐ」〔周礼・大司馬〕
  3. {名詞}糸。すじ。「繊維」。
  4. 「四維(シイ)」とは、四方をしめくくるつなの意より転じて、四すみのこと。また、生活を引きしめる、礼・義・廉・恥の四つのおおもと。
  5. {助辞}これ。つぎの語をさし示して強調することば。《類義語》惟(コレ)・唯(タダ)。「維新」。

字通

[形声]声符は隹(すい)。隹に唯・惟(い)の声がある。〔説文〕十三上に「車蓋の維(つな)なり」とするが、〔詩、小雅、白駒〕に「之れを維ぐ」とあり、移動しやすいものをつなぎとめる意がある。

遺(イ・15画)

遺 金文 遺 金文
旂鼎・西周早期/王孫遺者鐘・春秋晚期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「行」”道筋”+「貴」で、貴重なものを後世に伝え残すさま。「貴」は「𦥑キョク」”両手”+「𠀐」”宝物”。論語語釈「貴」を参照。

音:カールグレン上古音はgi̯wæd(平)、(去)は不明。

用例:西周早期「旂鼎」(集成2555)に「文考遺寶責。弗敢喪。」とあり、”残す”と解せる。

西周中期「雁𥎦見工鐘」(集成107)に「雁𥎦見工遺王于周。」とあり、”送り届ける”と解せる。

西周中期「曶鼎」(集成2838)に「賞(償)曶禾十秭,遺十秭,為廿秭。」とあり、”加える”と解せる。

西周末期「禹鼎」(集成2833)に「勿遺壽幼。」とあり、”見逃す”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「辵+(音符)貴(盛りあがって目だつ)」。物をのこしてたち去り、その物がむっくりと目だつことをあらわす。おくるの意に用いるのは、饋のあて字。類義語に忘・残・贈。草書体をひらがな「ゐ」として使うこともある。▽「のこる」「のこす」は「残る」「残す」とも書く。また、「わすれる」は「忘れる」とも書く。

語義

  1. {動詞・名詞}わすれる(わする)。置きわすれる。とりのこしていってしまう。わすれ物。「遺失」「遺忘」。
  2. {動詞・名詞}のこす。のこる。すてる(すつ)。あとにのこす。また、あとにのこる。置き去りにする。とりのこした物。とりこぼし。「遺言」「遺産」「拾遺(とりのこしたものをあつめる)」「遺公子糾不能死、怯也=公子糾を遺てて死すること能はざりしは、怯なり」〔史記・魯仲連〕
  3. (イス)小便をもらす。「小遺殿上=殿上に小遺す」〔漢書・東方朔〕
  4. {動詞}おくる。人にとどけてやる。▽饋に当てた用法。去声に読む。《類義語》贈。「遺贈」「因遺戎韜一巻書=因つて戎韜一巻の書を遺る」〔李賀・南園〕
  5. {動詞}おくる。与えてくれる。プラスしてくれる。▽去声に読む。「政事一月遺我=政事一へに月く我に遺る」〔詩経・癩風・北門〕
  6. 「遺遺(イイ)」とは、長くあとをひくさま。また、斜めにずれて続くさま。{動詞・名詞}わすれる(わする)。置きわすれる。とりのこしていってしまう。わすれ物。「遺失」「遺忘」。
  7. {動詞・名詞}のこす。のこる。すてる(すつ)。あとにのこす。また、あとにのこる。置き去りにする。とりのこした物。とりこぼし。「遺言」「遺産」「拾遺(とりのこしたものをあつめる)」「遺公子糾不能死、怯也=公子糾を遺てて死すること能はざりしは、怯なり」〔史記・魯仲連〕
  8. (イス)小便をもらす。「小遺殿上=殿上に小遺す」〔漢書・東方朔〕
  9. {動詞}おくる。人にとどけてやる。▽饋に当てた用法。去声に読む。《類義語》贈。「遺贈」「因遺戎韜一巻書=因つて戎韜一巻の書を遺る」〔李賀・南園〕
  10. {動詞}おくる。与えてくれる。プラスしてくれる。▽去声に読む。「政事一月遺我=政事一へに月く我に遺る」〔詩経・癩風・北門〕
  11. 「遺遺(イイ)」とは、長くあとをひくさま。また、斜めにずれて続くさま。

字通

[形声]声符は貴(き)。古くは貴声であった。貴は貝貨を両手で奉ずる形。これを人に遺贈するを遺という。〔説文〕二下に「亡(うしな)ふなり」と遺失の意とするが、遺贈することによって失われるのであるから、遺失とは遺贈の結果をいう。「おくる」が初義。遺留して「残す」意となる。

謂(イ・16画)

謂 石鼓文 胃 金文
石鼓文 吾水・春秋/「胃」胃公鼎・春秋早期

初出:現行書体の初出は春秋の石鼓文。同義の「胃」の初出は春秋早期の金文。

字形:字形は「言」+「胃」。春秋時代、「胃」だけで「謂」を意味した(少虡劍・春秋末期)。字形は「言」+「」”胃袋”+「月」”にく”で、「胃」は音を表すのみと思われる。原義は”であると判断して言う”。「」は音不明だが、おそらく「𡇒ベイ」とは別字。

音:カールグレン上古音はgi̯wəd(去)。同音は論語語釈「胃」を参照。

用例:「漢語多功能字庫」胃条によると、金文では氏族名に(胃公鼎・春秋早期)、また音を借りて”言う”を意味した(少虡劍・春秋末期)。戦国の竹簡になると、あきらかに”~は~であると言う”の用例が見られる(信陽楚簡・郭店楚簡)。

備考:『大漢和辞典』の第一義は”あたる”。上掲の金文は春秋晩期の「少虡劍」の文字で、ごんべんがついていない。つまり「胃」を意味することば。確実に時代が遡れる秦系石鼓文「謂」とは書体がずいぶん違っている。しかも部品である「胃」(上古音同)には、『大漢和辞典』に”いう”の語義は載っていない。

加えて同音・近音で同訓の漢字は『大漢和辞典』を引いても見つからない。だが『字通』謂条に以下の通り言う。

声符は胃。〔説文〕三上に「報ずるなり」とあるが、もとは「名づける」意であったと思われる。東周の〔吉日剣〕に「朕余之れに名づけて~と胃ふ」とあって、胃を用いる。曰・云と声近く、通用の字である。

百度で「吉日剣」検索してみると、山西省渾源県に東周時代の墓があり、吉日剣についても言及がある考古研究論文を発見したが、剣銘文についての次述は無かった。ただし「応為春秋中、晩期、不同于戦国時期文字単線刻劃類型」とある。
https://wenku.baidu.com/view/165b9b25ccbff121dd3683fb.html

「漢語多功能字庫」謂条には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、胃は、「まるい胃袋の中に食べたものが点々と入っているさま+肉」で、まるい胃袋のこと。謂は、「言+〔音符〕胃」で、何かをめぐって、ものをいうこと。

囲(イ)(めぐってとりまく)・蝟(イ)(まるくめぐってとりまく)などと同系のことば。

語義

  1. {動詞}いう(いふ)。ある人に向かって話しかける。「謂孔子曰=孔子に謂ひて曰はく」〔論語・陽貨〕
  2. {動詞}いう(いふ)。あることをめぐって話す。あることについて批評していう。「子、謂南容=子、南容を謂ふ」〔論語・公冶長〕
  3. {動詞}いう(いふ)。ある事物に、そう名づける。「謂其台曰霊台=其の台を謂ひて霊台と曰ふ」〔孟子・梁上〕
  4. {動詞}おもう(おもふ)。そう思う。こう考える。▽文頭につけば、「おもへらく」と訓読する。「謂為俑者不仁=謂へらく俑を為る者は不仁なりと」〔礼記・檀弓下〕
  5. {名詞}いい(いひ)。呼び名。「称謂(ショウイ)」。
  6. {名詞}いわれ(いはれ)。理由。わけ。「甚亡謂也=甚だ謂亡し」〔漢書・景帝〕
  7. 「所謂(イワユル)」とは、世の人に呼ばれるところの、の意。「所謂大臣者以道事君=所謂大臣なる者は道を以て君に事ふ」〔論語・先進〕
  8. {動詞}漢代、上官から下吏に対して通知・伝達すること。《対語》⇒言。〔居延旧簡〕

字通

[形声]声符は胃(い)。〔説文〕三上に「報ずるなり」とするが、もとは「名づける」意であったと思われる。東周の〔吉日剣〕に「朕余(われ)之れに名づけて~と胃(謂)ふ」とあって、胃を用いる。曰・云と声近く、通用の字である。

噫(イ・16画)

噫 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は戦国中末期の楚系戦国文字。ただし字形は上下に「〔牟+心〕」で違いすぎる。事実上の初出は後漢の説文解字。ほかに「殹」を「噫」と釈文する戦国文字もある。

字形:「口」+音符「意」。

音:カールグレン上古音はʔi̯əɡ(平)またはʔæɡ(去)。前者の同音に「醫」「醷」”梅酢”、「意」「鷾」”ツバメ”。後者の同音は存在しない。漢音「アイ」の音は”げっぷ”の意。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」魯穆4に「□(噫),善才(哉),言□(乎)」とあり、”ああ”という感嘆の発声と解せる。

「清華大学蔵戦国竹簡」清華一・金縢11に「殹(噫),公命我勿敢言。」とあり、”やい”という感嘆の発声と解せる。「殹」は”やっ”という掛け声ににも使われる。

文献上の初出は先進篇8など論語。『荘子』には用例があるが他の諸子百家に用例が見られない。

論語時代の置換候補:「意」に”ああ”の語釈が大漢和辞典にあるが、春秋末期までのその用例が確認できない。用例は『荘子』在宥篇の「意治人之過也」「意毒哉」などが初出。

『大漢和辞典』での同音同訓に「唉」「欸」「誒」「譆」(初出説文解字)「嘻」(初出後漢隷書)「欹」「猗」「繄」(初出楚系戦国文字)「譩」(初出不明)。

学研漢和大字典

会意兼形声。意は、「音(口をふさぐ)+心」の会意文字で、黙って心の中におさめたため、胸がつかえることを示す。憶の原字。噫は「口+(音符)意」で、胸がつまって出る嘆声。勤・吃と同系。類義語に吐。

語義

イ(平)
  1. {感動詞}ああ。胸がつまって出る嘆息をあらわすことば。《同義語》⇒吃。「噫矯(アア)」「噫、天喪予=噫、天予を喪ぼせり」〔論語・先進〕
アイ(去)
  1. {名詞}おくび。胸がつかえて出るげっぷ。《類義語》噯(アイ)。

字通

[形声]声符は意(い)。〔説文〕二上に「飽食して息するなり」とあって、「おくび」の意とする。意は神の音ずれに感動するときの語で、感動詞にも用いる。のち噫が分化した。

饐(イ・21画)

饐 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:「食」+音符「壹」ʔi̯ĕt(入)。

音:カールグレン上古音はʔi̯ĕd(去)。同音は「懿」”うるわしい”のみ。

用例:文献上の初出は論語郷党篇8。『墨子』『呂氏春秋』にも用例がある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「饖」(初出説文解字)、「餲」(初出晋系戦国文字)。論語語釈「餲」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「食+(音符)壹(中につまる、こもる)」。

語義

  1. (イス){動詞}すえる(すゆ)。湯気がこもって飯がすっぱくなる。「食饐而葯=食の饐して而葯せる」〔論語・郷党〕

字通

[形声]声符は壹(壱)(いつ)。〔説文〕五下に「飯、溼(しつ)(濕)に傷(いた)むなり」とみえる。壹は壺中のものが醞醸し、熱気にむれてすえる意。

※醞も醸も”かもす”。

懿(イ・22画)

懿 金文 懿 金文
穆父作姜懿母鼎・西周中期/禹鼎・西周末期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「壹」+「士」”蓋を開けた酒壺”+口を開けた人で、原義は”よろしい”。

音:カールグレン上古音はʔi̯ĕd(去)。

用例:西周中期の「師𩛥鼎」(集成2830)に「皇辟懿德」とあり、「皇辟」は夫人から見た亡き王を意味し、「懿德」は”うるわしい人格力”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、原義のほか周王の名に見える。

論語では孔子の同世代の友人にして、魯国門閥家老家=三桓の一つ、孟孫氏の当主、孟懿子の名として現れる。

学研漢和大字典

会意兼形声。壹(イツ)(=壱)は、つぼの中にいっぱいに酒が充実したさま。懿は、もと「欠(人がかがんだ姿、かける)+心+(音符)壹」で、欠けめなく充実した性格のこと。噎(イツ)(いっぱいつまる)・詰(キツ)(つまる)などと同系。

語義

  1. {形容詞}よい(よし)。充実してりっぱである。「懿徳」。
  2. {名詞}りっぱな行い。美徳。「君子之懿(クンシノイ)」。

字通

[会意]字はもと㰳に作り、亞(亜)+欠。亞は壺、壺中の美酒を飲む形。神に薦める美酒をいう。〔説文〕十下に「專久にして美なり」とし、恣の省声とするが、恣はのちの誤った形で、壹(壱)がその声。壹も、もと亞に従い、壺の形であった。恣も、欠が初形。美酒を飲んで、神人相楽しむことを懿という。金文に「㰳徳」「㰳釐」のように、神霊の徳をたたえる語として用いた。

郁(イク・9画)

郁 篆書
『説文解字』篆書・後漢

初出:現行書体の初出は後漢の『説文解字』

字形:「有」+「阝」”まち”で、初出の当時は特定の都市名。後に音を借りて”もようのあでやかなさま”を意味するようになったのか、そのような意味を込めて都市名に用いたのか明らかでない。現代中国では「鬱」の簡体字として用いる。論語語釈「鬱」を参照。

音:カールグレン上古音はʔi̯ŭk(入)。

用例:『論語八佾篇』に次ぐ再出は戦国末期の『荀子』。

論語時代の置換候補は「鬱」ʔi̯wət(入)。定州竹簡論語による置換字「彧」は、『説文解字』にも見られない。論語語釈「彧」を参照。

備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「邑+(音符)有(くぎる、かこむ)」。村村の境界がくぎられて数多く並ぶさま。中国では鬱の簡体字に用いる。

語義

  1. {形容詞}多くの模様が、はっきりとくぎれて、目だつさま。まだらであでやかなさま。盛んなさま。「郁郁(イクイク)(はなやかなさま。また、香気のかぐわしいさま)」。

字通

[形声]声符は有(ゆう)。もと地名。〔説文〕六下に「右扶風、郁夷なり」という。彧(いく)・イク 外字(いく)と通用し、その義に用いる。

彧(イク・10画)

彧 隷書
譙敏碑(隸)・後漢

初出:初出は定州漢墓竹簡。確実な初出は後漢の隷書

字形:字形は〔或〕ɡʰwək(入)”一定の部分”+〔彡〕”茂み”で、草木の茂った部分をいう。原義は”茂る”。

音:カールグレン上古音はʔi̯oǔk(入)。同音は無い。近音に「郁」ʔi̯ŭk(入)、「鬱」ʔi̯wət(入)。

用例:『後漢書』に用例があり、また『詩経』信南山に「黍稷彧彧」とあるが、先秦の作ではないだろう。

備考:現伝の論語では、「郁」や「鬱」の語義で解釈しているが、同音でない上に、「郁」は字形の由来がまるで違う。論語語釈「郁」論語語釈「鬱」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。或(ワク)・(イキ)は「囗(くぎり)+戈(ほこ)」の会意文字で、地域をくぎって守ること。一つずつくぎりのついた意を含む。域の原字。周は「彡(模様)+(音符)或」で、ひとこまごとにわくがついて、全体として模様をなすこと。

語義

「彧彧(イクイク)」とは、それぞれに、わくどりが浮き出て模様をなして美しいさま。また、物事の盛んなさま。《同義語》⇒郁郁。

字通

[形声]正字は𢒰に作り、彧(いく)声。〔詩、小雅、信南山〕に「黍稷彧彧たり」とあり、穀物の実るさまをいう語である。彡(さん)は穆の従うところと同じく、穆も穀物の実るさまをいう。もと「黍稷彧彧」のように用いる字。のち文物の美をいう。

壹/一(イツ・1画)

一 金文 一 甲骨文
秦公簋・春秋中期/甲骨文

初出:「一」の初出は甲骨文。重文「壹」の初出は戦国文字

字形:横棒一本で、数字の”いち”を表した指事文字。

音:「イチ」は呉音。カールグレン上古音はʔi̯ĕt(入)。

用例:甲骨文から数字の”いち”を意味した。西周では人名や族徽(家紋)の例がある。動詞の例は戦国時代にならないと現れない。

備考:「漢語多功能字庫」には、論語の読解に関して見るべき情報が無い。

学研漢和大字典

指事。一本の横線で、ひとつを示す。ひとつの意のほか、全部をひとまとめにする、いっぱいに詰めるなどの意を含む。壱(イチ)の原字壹は、壺(ツボ)にいっぱい詰めて口をくびったさま。咽(エツ)(のどがいっぱいに詰まる)と同系。付表では、「一人」を「ひとり」「一日」を「ついたち」と読む。▽証文や契約書では、改竄(カイザン)や誤解をさけるため「壱」と書くことがある。

語義

  1. {数詞}ひとつ。《同義語》⇒壱。「一字」「定于一=一に定まらん」〔孟子・梁上〕
  2. {数詞}ひと。順番の一番め。《同義語》⇒壱。「一月一日」「一位」。
  3. (イツニス)・(イツトナル){動詞}ひとつにする(ひとつにす)。ひとつとなる。「統一」「一意専心」「孰能一之=たれか能くこれを一にせん」〔孟子・梁上〕
  4. {形容詞}(「一…」の形で)…じゅうすべて。…のすみからすみまで。「一天(空じゅう)」「一国慕之=一国これを慕ふ」〔孟子・離上〕
  5. (イツナリ){形容詞}同じであるさま。「其揆一也=其の揆一也」〔孟子・離下〕
  6. (イツニス){動詞}同じくする。一致させる。「一致而百慮=致を一にして慮を百にす」〔易経・壓辞下〕
  7. (イツニス){動詞}ひとつのもの、また、同じものとして扱う。いっしょくたにする。「一死生為虚誕=死生を一にするは虚誕為り」〔王羲之・蘭亭集序〕
  8. (イツニ){副詞}もっぱら。→語法「①-ツ」。
  9. (イツニ){副詞}なんと。→語法「①-ッ」。
  10. {副詞}ひとたび。一回。一度。「一戦勝斉=一たび戦ひて斉に勝つ」〔孟子・告下〕
  11. {副詞}ひとたび。→語法「②」。
  12. (イツモ){副詞}すこし。→語法「③」。
  13. {形容詞}あるひとつの。また、あるひとりの。「一朝」「一少年」。
  14. (イツニハ)・(イツハ){副詞}…したり…したり。→語法「④」

 語法

①「いつに」とよみ、

  1. 「みな」「すべて」と訳す。「参代何為漢相国、挙事無所変更、一遵蕭何約束=参何に代はりて漢の相国と為り、事を挙げて変更する所無(な)く、一に蕭何の約束に遵(したが)ふ」〈(曹)参は(蕭)何に代わって漢の相国(ショウコク)になると、万事に方針を変えることなく、ひたすら蕭何の制定した規約を遵守した〉〔史記・曹相国〕
  2. 「一様に」「一概に」と訳す。「食客数千人、無貴賤一与文等=食客数千人、貴賤と無(な)く一に文と等しくす」〈食客は数千人にもなったが、貴賤の区別なく、一様に田文本人と対等に処遇した〉〔史記・孟嘗君〕
  3. 「まったく」「本当に」と訳す。《同義語》壱。「子之哭也、壱似重有憂者=子の哭するや、壱に重ねて憂ひ有る者に似たり」〈あなたの泣きかたでは、定めし不幸が重なっているのでしょう〉〔礼記・檀弓〕
  4. 「もっぱら」「ひたすら」と訳す。《同義語》壱。「子卿、壱聴陵言=子卿、壱に陵の言を聴け」〈子卿(蘇武の字)よ、どうかわたし(李)陵の言うことを聞き入れてください〉〔漢書・蘇武〕

②「ひとたび~」とよみ、「いったん~すると」「もし一度でも~したら」と訳す。動作の限定、仮定の意を示す。《同義語》壱。「此地一為別、孤蓬万里征=この地一たび別れを為せば、孤蓬(こはう)万里を征く」〈この地でいったん別れてしまえば、(君は)根無し草のように万里を転がってゆく〉〔李白・送友人〕

  1. 「無一~」は、「いつも・いつたりとも~なし」とよみ、「少しも~ない」と訳す。「籍与江東子弟八千人、渡江而西、今無一人還=籍は江東の子弟八千人と与(とも)に、江を渡りて西せり、今一人の還るもの無(な)し」〈籍(項羽)は江東の若者八千人を引き連れて、この長江を渡り、西征の途についたが、今は誰ひとりとして、生きてもどって来ない〉〔史記・項羽〕
  2. 「不一~」は、「いつも・いつたりとも~ず」とよみ、「少しも~ない」と訳す。「不一動其心=一も其の心を動かさず」〈少しもその心を動かさない〉〔小学・善行〕

④「一~一…」は、「いつ(に)は~し、いつ(に)は…す」とよみ、「~したり…したりする」と訳す。「不知彼而知己、一勝一敗=彼を知らずして己を知るときは、一は勝ち一は敗(やぶ)く」〈相手を知らず、自己を知る者は、勝ったり負けたりする〉〔孫子・謀攻〕

字通

[指事]横画一。記号的表示。算木をならべる計算法。卜文・金文では四までは横画を重ね、五は×、十は丨で示す。弌は貳(弐)より派生。貳は鼎銘を戈で削り、盟約に貳(たが)う意。その字形を一に適用した。〔説文〕一上に「惟(こ)れ初め太始、道は一に立つ。天地を造分し、萬物を化成す」とし、古文一字を収める。一・二・三を発生論的に解する思考法は、〔老子〕によるものであろう。古文の字形は卜文・金文にみえず、ただ〔曶鼎(こつてい)〕に「貳(たが)ふ」の字があり、鼎に戈を加えて銘文を削り改める意であろう。のち略して弍に作り、一にも弌の形が作られた。〔古文尚書、文侯之命〕にその字がみえる。

佚(イツ・7画)

初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdi̯ĕt(入)。同音に逸”はしる・なくなる”、佾”八人踊りの隊列”、軼”過ぎる”、泆”水が揺れ溢れる”(以上全て入)。うち逸の初出は甲骨文。論語時代の置換候補となる。同音は論語語釈「逸」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。失は、「手+抜け出る印」の会意文字。佚は「人+(音符)失」で、俗世から抜け出た民(世捨て人)をあらわす。▽兔(ト)(うさぎ)と甦とをあわせて、うさぎがするりと抜け去ることを示す逸とまったく同じ。「逸」に書き換えることがある。「安逸」。

語義

イツyì
  1. (イッス){動詞・形容詞}するりと抜けて姿を消す。広く、俗世間から抜け出す。また、そのさま。《同義語》⇒逸・軼。「佚民」「遺佚而不怨=遺佚して怨みず」〔孟子・公上〕
  2. (イッス){動詞}抜けてなくなる。《同義語》⇒逸・軼。「亡佚(ボウイツ)」「佚書(イッショ)(=逸書。なくなった書物)」。
  3. {形容詞}しまりがないさま。のんびりしているさま。▽わくをゆるめて気を抜かすことから、ゆるやかでしまりのない意となる。《対語》⇒窮。「安佚(アンイツ)」「以佚道使民=佚道を以て民を使ふ」〔孟子・尽上〕
テツdié
  1. {動詞・形容詞}物事のちょうどよい程度をこす。また、そのさま。「佚蕩(テットウ)」。
  2. {動詞}ポストから抜け出て入れかわる。▽更迭の迭に当てた用法。

字通

[形声]声符は失(しつ)。失に泆・軼(いつ)の声がある。〔説文〕八上に「佚民なり」と、逸民の義とする。失は巫女が祈ってエクスタシーの状態となる形。そのような姿態でたのしむことをいう。

佾(イツ・8画)

佾 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の『説文解字』

字形:「亻」+〔八〕+「月」”からだ”で、八人の体を示す。

音:カールグレン上古音はdi̯ĕt(入)。同音は論語語釈「逸」を参照。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」吳命5に「卑(俾)周先王佾□□」とあり、「周王をして佾」までは読めるが、文意が分からない。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

異体字「䏌」”うごきひろがる”の確実な初出も『説文解字』。

「八佾」は「八溢」とも「八羽」とも記すと「国学大師」は言う。「溢」の初出は『説文解字』、「羽」の初出は甲骨文だが、「八羽」と記した出土物(甲金文・竹帛書)は、2022年1月現在確認できない。「八益」の出土物も、戦国の「春成𥎦壺」(集成9616)が「冢(重)十勻十八益(鎰)。」と記している一例のみ。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

紙本史料上の初見は、『左伝』隱公五年(BC718)になる。

「経」
九月,考仲子之宮,初獻六羽。

「伝」
九月,考仲子之宮將萬焉,公問羽數於眾仲,對曰,天子用八,諸侯用六,大夫四,士二,夫舞所以節八音,而行八風,故自八以下,公從之,於是初獻六羽,始用六佾也。


本文。九月、考仲子が公宮に行って、本邦初の六枚の羽根踊りを上覧にいれた。

注釈。九月、考仲子が公宮に行って踊ろうとすると、隠公が羽根の数を衆仲に問うた。答えて言った。「天子は八枚、諸侯は六枚、大夫は四枚、士は二枚を用います。そして舞の形の区切りは、八つの音で合図し、それに従って八つの所作をします。だから八枚以下なのです。」隠公はそれに従った。こうして初めて六枚の羽根が献上され、六佾に用いられた。

そもそも「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

『左伝』が孔子より200年以上前から年代記として成立しているからと言って、その文が全て当時のそれだとは言えない。「佾」の字が漢代からしか見られないという事は、「伝」は漢代まで下がる可能性が高い。

ただ、身分によって八から二まで下がる差別があったことは、おそらくそうだろう。しかしその数は「羽根」であって、踊りに八枚の羽根を用いるとしか書いていない。「佾」は人+八+月(=肉体)で、八人が並んで踊る、一説には八人×八列だと言うが、根拠が無い。

たった一人が、両手それぞれに4枚の羽根を指に挟んで、8枚羽根で踊ったかも知れないのだ。

なお『字通』は「䏌は肉を分かつ形」というが、『説文解字』その他に引っ張られすぎだろう。素直に「八人の肉体」と解した方がよい。また「䏌声に、小さく振動するものの意がある」とあり、下記するように『大漢和辞典』の裏付けがあるが、先秦両漢に用例が無く、佾の字を解説するために、『説文解字』がでっち上げた部品に過ぎない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、右側は音キツで「八+肉」の会意文字。八人の人体を示す。飲の原字。佾(イツ)は「人+(音符)キツ」で、ひとまとめにしぼった隊列のこと。したがって、八佾とは舞人八隊列の意。

字通

[形声]声符は䏌(きつ)。䏌に肸(きつ)の声がある。䏌は頭音のkが脱した音。䏌は肉を分かつ形。〔説文新附〕八上に「舞の行列なり」とあり、䏌はその肉を列するように、舞列をなす意であろう。

声系

〔説文〕に䏌声として肸・㞕(せつ)の二字を収める。䏌声に、小さく振動するものの意がある。
䏌 大漢和辞典

泆(イツ・8画)

確実な初出は説文解字。定州竹簡論語に「逸」として記載。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdi̯ĕt(入)またはdʰiet(入)。前者の同音は論語語釈「逸」を参照。後者の同音は存在しない。『大漢和辞典』は「逸に通ず」といい、「逸」は”はしる・かくれる”の意で「泆」と語義を共有し、初出は甲骨文。論語時代の置換候補となる。

漢語多功能字庫

(字解無し)

学研漢和大字典

会意兼形声。「水+(音符)失(シツ)・(イツ)(ぬけ出る)」。

語義

  1. {動詞}あふれる(あふる)。水があふれてこぼれる。《類義語》溢(イツ)。
  2. 「淫泆(インイツ)」とは、一定の範囲・規範からはみ出し、みだらなことにふけること。

字通

[形声]声符は失(しつ)。失に佚・軼(いつ)の声がある。〔説文〕十一上に「水の蕩泆する所なり」とし、失に蕩逸の意があるとする。失は巫女が狂舞するさま。水の狂蕩のさまを泆という。

大漢和辞典

→リンク先を参照。

逸/逸(イツ・11画)

逸 金文
秦子矛・春秋早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はdi̯ĕt(入)。同音は下記の通り。同音同訓に佚(入)。論語語釈「佚」を参照。

初出 声調 備考
イツ はしる 甲骨文
やすんじたのしむ 前漢隷書 →語釈
舞の列 説文解字 →語釈
すぎる 説文解字
水がゆれあふれる 説文解字 →語釈

漢語多功能字庫

甲骨文字形從「」從「」,表示「」在「」外,像人足逃離桎梏之形。「」的字形見於金文,從「」從「」,何琳儀認為會兔子速跑之意。「」的本義是逃逸、逃跑。


甲骨文の字形は「止」と「㚔」の系統に属し、かせをかけられていないことを表し、人が枷から逃げ出した象形。「逸」の字形は金文から見られ、「辵」と「兔」の字形の系統に属する。何琳儀は兎がさっと逃げる意に解せるとした。「逸」の原義は逃亡であり、走り逃げることである。

学研漢和大字典

会意。「兎(うさぎ)+甞(足の動作)」で、うさぎがぬけ去るように、するりとぬけること。失(ぬけさる)・佚(イツ)・軼(イツ)と同系。旧字「逸」は人名漢字として使える。▽「佚」の代用字としても使う。「安逸」。

語義

  1. (イッス){動詞・形容詞}はしる。のがれる(のがる)。するりとぬけさる。ぬけてなくなる。記録からもれている。とりこぼした。《同義語》⇒佚。「奔逸(ホンイツ)」「逸事」「逸長蛇=長蛇を逸す」。
  2. (イッス){動詞}ルートからぬけ出て横にそれる。《同義語》⇒佚・軼。「逸脱」「放逸」。
  3. (イッス){動詞・形容詞}世の中のルールからはずれる。わくをこえる。また、俗な空気からぬけ出て、ひときわすぐれたさま。《同義語》⇒佚・軼。「逸民(俗気にそまらない人)」「逸品」。
  4. {形容詞}ルールにとらわれない。気らくなさま。「安逸」「逸予(気らく)」「逸居而無教=逸居して教へ無し」〔孟子・滕上〕
  5. 《日本語での特別な意味》はやる。わくをこえて何でもやりたくなる。「気が逸る」。

字通

[会意]兔+辵(ちやく)。兔(うさぎ)を逐い、兔が走りのがれる意。〔説文〕十上兔部に「失ふなり」とあり、逸・失は畳韻の訓。兔はよく走るものであるから、兔を意符に用いた字である。金文の〔陳曼簠(ちんまんほ)〕に「逸康」、〔詩、小雅、白駒〕に「逸豫」など、早くから楽しむ意に用いる。

戦国早期 齊陳曼簠

釈文「齊陳曼不敢逸/康肇堇經德乍/皇考獻叔/永保用簠」
陳曼簠

齊陳曼簠

長方形器身,折壁,腹兩側為獸首半環耳,四足外撇。器身飾龍紋,兩兩相對盤繞為長方形單元。銘文在器內底,「盤」「逸」2字錯位。上海博物館另藏有一件〈齊陳曼簠〉(《集成》04596),兩器尺寸相當。(via 國立故宮博物院)

尹(イン・4画)

尹 甲骨文 尹 金文
甲骨文/尹臾鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「丨」天界と人界を繋ぐ筋道を「又」手に取って管理する神官のさま。原義は”神官・高官”。「君」から「𠙵」”くち”を欠いた字形。論語語釈「君」を参照。

音:カールグレン上古音は不明(上)。藤堂上古音はġiuən。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では殷代の大臣を意味し、「君」と同義で用いた。金文では”統治”を意味した(令方彝・西周早期)。戦国の竹簡では人名に、文献では官職名に用いた。

学研漢和大字典

会意。「┃(上下をつらぬく)+又(て)」で、上下の間を疎通しうまく調和することを示す。▽君の字は尹を含み、世を調和させておさめる人のこと。均(キン)・匀(イン)(調和する)と同系。

語義

  1. {動詞・名詞}ただす。調和して、乱れをおこさせないようにする。また世の中をうまく調和させる人。《類義語》正・均。
  2. {名詞}おさ(をさ)。行政の役所の長官。「県尹」「京兆尹(直轄区の行政長官)」。
  3. 《日本語での特別な意味》かみ。四等官で、弾正台(ダンジョウダイ)の第一位。

字通

[会意]丨(こん)+又(ゆう)(手)。〔説文〕三下に「治むるなり」とし、字形を「事を握る者なり」とするが、そのように抽象的なものではない。丨は呪杖。呪杖をもつ人。杖には神霊が憑(よ)りつく。尹とは聖職者で、神意をただすものである。

允(イン・4画)

允 甲骨文 允 金文
甲骨文/不𡢁簋蓋・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:座席に座った上位者が首を縦に振るさまで、原義は”許す”。

音:カールグレン上古音はzi̯wən(上)。同音は「狁」(上)”北方の蛮族、後の匈奴”のみ。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”実際に”、金文では”信用”(班簋・西周早期)、”用いる”(㠱伯盨・春秋)の意に用いた。

漢語多功能字庫

甲骨文表示人在點頭允許。本義是應允、許可。


甲骨文は人がうなずいて許し認める姿を示す。原義は許し、許可。

学研漢和大字典

会意。「儿(人体)+柔らかくくねった形」で、なごやかな姿をした人を示す。尹(イン)(調和をとる)・均(キン)(なごやかに調和がとれる)などと同系。

語義

  1. {形容詞}まこと。調和がとれて誠実なさま。穏やか。「平允(ヘイイン)(調和がとれる)」「允恭克譲=允恭にして克く譲る」〔書経・尭典〕
  2. {副詞}まことに。調和がとれて。まじめに。「允執其中=允に其の中を執る」〔論語・尭曰〕
  3. {動詞}ゆるす。かどをたてずに、相手の意見を聞き入れる。「允許(インキョ)」。
  4. 《日本語での特別な意味》じょう。四等官で、寮の第三位。

字通

[象形]〔説文〕八下に「信なり」と訓し、㠯(い)声とするが、後ろ手にした人の形。虜囚。允 外字十下はこれに縲紲(るいせつ)(罪人の縄)を加えた形。金文にみえる訊 外字(じん)は訊の初形で、辮髪の虜囚を後ろ手にし、盟誓の器である𠙵(さい)の前で訊問し、まことの供述をうること。允・允 外字訊 外字は関連をもつ字である。

因(イン・6画)

因 甲骨文 因 金文
甲骨文/陳侯󱤇𥎦因󱥕敦?・戦国中期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は「囗」”寝床”+「大」”人”だが、異形字体に寝床が掻い巻きや寝袋になっているものがある。原義は”床に就く”。

因 字形

音:カールグレン上古音はʔi̯ĕn(平)。

用例:甲骨文の用例は、あるいは諸侯名と思われるものもあるが明瞭でない。

西周中期「蟎鼎」(集成2765)に「因付厥且僕二家」とあり、”そこで”と解せる。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」は、戦国中期までの金文の多くを人名に区分し、動詞の初出は「包山楚墓」222からとし、接続詞の初出は「郭店楚漢」六德14からとする。

大官,少(小)材埶(設)者(諸)少(小)官,因而它(施)彔(祿)安(焉),史(使)之足以生,足以死,胃(謂)

…大官となし、小材は諸に設けて小官となす。因り而禄を施し焉れば、使の以て生くるに足り、以て死するに足る。謂…

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”南方”を意味し、金文では西周中期の「蟎鼎」に接続詞”…だから”の用例があるという。また金文では人名にも用いたという。”…によって”の用例は、戦国時代の竹簡まで用例が下るという。

学研漢和大字典

因 解字
「因」は会意文字で、「囗(ふとん)+∧印(乗せた物)、または大(ひと)」で、ふとんを下に敷いて、その上に大の字に乗ることを示す。下地をふまえて、その上に乗ること。茵(イン)(しとね)の原字。印(上から下を押さえる)と同系のことば。

語義

  1. {動詞}よる。ふまえる。下になにかをふまえて、その上に乗る。「因循」「殷因於夏礼=殷は夏の礼に因る」〔論語・為政〕
  2. {動詞}よる。かさねる(かさぬ)。何かの下地の上に加わる。《類義語》依。「因之以饑饉=これに因ぬるに饑饉を以てす」〔論語・先進〕
  3. {動詞}よる。たよりにする。手づるにする。「因陳子而以告孟子=陳子に因りて以て孟子に告ぐ」〔孟子・公下〕
  4. {名詞}おこった事のよりどころ。《対語》果。「原因」「因由(インユウ)」。
  5. {副詞}よりて。よって。→語法「②」。
  6. {副詞}よりて。よって。→語法「①」。
  7. {動詞・副詞}ちなむ。ちなみに。ゆかりを持つ。機縁にする。何かを縁にして。
  8. {名詞}掛け算のこと。《類義語》乗。
  9. 《日本語での特別な意味》「因幡(イナバ)」の略。「因伯方言」。

語法

①「~により」「~によりて」とよみ、「~によって」「~の理由で」「~をもとに」と訳す。原因・理由・根拠・条件の意を示す。「因風想玉珂=風に因(よ)りて玉珂を想ふ」〈風によって(鳴る鈴の音を)、参内の馬車の鈴の音かと思い及ぶ〉〔杜甫・春宿左省〕
②「よりて」とよみ、「そこで」「それがもとになって」と訳す。前節をうけて、後節の結果を導く意を示す。「若民、則無恒産、因無恒心=民の若(ごと)きは、則(すなは)ち恒産無(な)ければ、因(よ)りて恒心無し」〈一般人民となりますと、安定した生業がなければ、変わらぬ道徳心を持ちえない〉〔孟子・梁上〕

字通

[会意]囗(い)+大。〔説文〕六下に「就くなり。囗大に從ふ」とあり、囲就の意とするものであろうが、囗は蓆(むしろ)の平面形。そこに人が寝臥する形で、蓆(むしろ)の初文。

印(イン・6画)

印 甲骨文 印 金文
合集22148/曾伯雨木二簠・春秋早期

初出:初出は甲骨文

字形:「又」または「爪」”手”+「㔾」”跪いた人”で、人を押さえつけるさま。

音:カールグレン上古音は不明。

用例:「甲骨文合集」19780に「丙辰卜丁巳其陰印允陰」とあり、甲骨文に「陽(阳)印」の例は無いから、「ひのえたつうらなう、ひのとみ、それくもりふさがらんか。まことにくもれり」と読め、「陰印」とは雲が立ちこめて天を塞ぐさま。”塞ぐ”と解せる。

西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「用印(仰)卲(昭)皇天」とあり、「仰」”あおぐ”と釈文されている。

春秋早期「梁白戈」(集成11346)に「卬鬼方䜌。卬攻方」とあり、”迎え(撃つ)”と解せる。

学研漢和大字典

会意。左は手、右はひざまずいた人。手で押さえて人をひざまずかせることをあらわすもので、押さえつける意を含む。抑の原字。のち、上から押さえて印を押す意となった。軋(アツ)(押さえる)はその入声(ニッショウ)(つまり音)に当たる。因(上から下の物を押さえる)と同系。

語義

  1. {名詞}しるし。もと、型を押しつけて、目じるしとなる形をつけたもの。のち広く、記号や目じるしの意に用いる。
  2. {名詞}石・金属・かたい木などに文字を刻み、押しつけて押す物。▽天子の印は璽(ジ)という。清(シン)朝では、親王以上の印を宝、高級官吏の印を印、個人の印を図章、または私印といった。
  3. {動詞}版型(ハンガタ)を押しつけて刷る。「印刷」。
  4. (インス){動詞}はんこを押す。
  5. (インス){動詞}心にあるイメージを押しつける。また、その形が跡を残して消えないこと。「印象」「心心相印=心心相ひ印す」。
  6. {名詞}《仏教》シンボル。▽梵語(ボンゴ)mudr(の訳。つ仏・菩薩(ボサツ)の持ついろいろな道具。刀剣・輪・索・杵(ショ)など。づ教義の規範。て手指を特定の形に曲げて悟りを標示すること。またその形。結印(ケチイン)。
  7. 《日本語での特別な意味》「印度(インド)」の略。インドのこと。「印欧語」。

字通

[会意]爪(そう)+卩(せつ)。〔説文〕九上に「執政持する所の信なり」とし、字を爪と卪(卩)とに従い、卪を節にして印璽(いんじ)、これを爪でおさえて押捺(おうなつ)する意とする。次条に「卬は按なり」とし、「反印に從ふ」とするが、卬は抑の初文。それならば印も人をおさえる形で、印璽とは関係がない。爪は指先。手で人を上からおさえる形。印璽は後起の義。

音(イン・9画)

音 金文
『字通』所収金文

初出は春秋早期の金文。カールグレン上古音はʔi̯əm(平)。「オン」は呉音。

学研漢和大字典

会意。言という字の口の部分の中に、・印を含ませたもの。言は、はっきりとけじめをつけたことばの発音を示す。音は、その口に何かを含み、ウーと含み声を出すことを示す。喑(アン)(ウーと含み声を出すおし)・暗(アン)(はっきりしない)・陰(イン)(ふさぐ)と同系。▽声は、もと金・石・糸・竹・風などのおとだが、のち人間や動物のこえの意に用いる。「観音(かんのん)」など、「ノン」と読むことがある。▽草書体をひらがな「ね」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}おと。ね。口をふさいで出すウーというふくみごえ。声帯をふるわせて出るおと。▽舌や唇などの調整が加わったこえを「言」といい、調整の加わらないこえを「音」といった。
  2. {名詞}おと。ね。ことばをなさず、高低大小のあるおとすべてをいう。《類義語》声。「声音(おと)」「五音(宮・商・角・徴(チ)・羽の五つの階名)」「声成文謂之音=声の文を成すこれを音と謂ふ」〔礼記・楽記〕
  3. {名詞}きこえてくることば。しらせ。おとずれ。「音問」「音信不通」。
  4. 「五音」「七音」とは、中世の音韻学で、頭子音(音節のはじめの子音)の五つ、または七つのわく。「地音(チオン)」とは、明(ミン)末の音韻学で、母音のこと。
  5. 《日本語での特別な意味》おん。訓に対して、漢字の漢語としての発音。たとえば、山の音はサン、訓はやま。

字通

[会意]言+一。〔説文〕三上に「聲なり。心に生じ、外に節有る、之れを音と謂ふ。宮商角微(ち)羽は聲なり。絲竹金石匏土革木は音なり」とし、字形について「言に從ひ、一を含む」という。一を節ある意とするものであろう。言は神に誓って祈ることばをいう。言の下部の祝禱の器を示す𠙵(さい)の中に、神の応答を示す一を加えた形。神はその音を以て神の訪れを示した。器の自鳴を示す意である。

殷(イン・10画)

殷 甲骨文 殷 金文
甲骨文/保卣・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:占いのため奴隷や捕虜の腹を割き、生き肝を取り出す姿で、史実が確認できる中国最古の王朝・殷王朝の他称。”人の生きギモを取る残忍な奴ら”の意。ただし殷自身も甲骨文でこの字を用いており、恐らく原義は”肝を取り出す”。殷の自称は商

音:カールグレン上古音はʔi̯ənまたはʔæn(共に平)。「イン」ʔi̯ənの音は”さかん”を、「アン」ʔænの音は血の色を表す。呉音は「オン」「エン」。

用例:「甲骨文合集」15733.2に「惟□殷用」とあるのは、□が解読不能で文意が分からない。

殷代末期「二祀𠨘其卣」(集成5412)に「王令𠨘其兄󻇯于夆田󻇰。」の「󻇯于」は「殷于」とも釈文されるが、その場合は「夆田にはらさく」と読め、”生きギモを取り出して占う”と解せる。

西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「我聞殷述(墜)令,隹(唯)殷邊侯」とあるのは、王朝「殷」の意。

漢語多功能字庫」は”腹に針を打って治療する姿”とするが、根拠に乏しい。『甲骨文合集』13673に「貞:疾殷」とあるのは、”う、いけにえせんか”と読むべきで、「疾」の原義は”矢のように速い”であり、”やまい”の意は甲骨文からあったが、別に「疒」字があって両用されていた。従って必ず「疾」を”やまい”と読まねばならないわけではない。また「疾殷」を”やまいをいやす”と読むなら、動詞と目的語が逆転することになる。中国漢学者の知能レベルはこちらにチロと書いたが、相当に怪しいので真に受けず自分でも考える必要がある。

なお「漢語多功能字庫」では、金文では”殷王朝”、”朝見”を意味し、戦国や漢の竹簡・帛書では”殷王朝”を意味したという。

学研漢和大字典

会意文字で、殷の字の左の部分は、身の字の逆形。身は、身ごもって腹の大きい姿を描いた象形文字。身の逆形も身ごもって腹の大きいことを示す。殷は「身の逆形+殳(動詞の記号)」で、腹中に胎児をかくす動作を示す。

転じて、中にものがいっぱいつまっている、充実しているの意をあらわす。

意味〔一〕イン

  1. {形容詞}充実して盛んなさま。
  2. {形容詞}おおい(おほし)。中身がつまっておおい。ゆたかなさま。「殷阜(インフ°)」「士与女、殷其盈矣=士と女と、殷くして其れ盈てり」〔詩経・鄭風・溌粘〕
  3. 「殷殷(インイン)」とは、悲しみがいっぱいになるさま。「出自北門、憂心殷殷=北門より出づれば、憂心殷殷たり」〔詩経・邶風・北門〕
  4. {名詞}中国古代の王朝名。湯(トウ)王が夏(カ)の桀(ケツ)王を滅ぼしてたて、はじめ黄河デルタの済水のほとりを中心として、亳(ハク)に都を置いた。のち盤庚(バンコウ)が、都を今の河南省安陽市小屯(この遺跡が殷墟(インキョ))に移した。紂(チュウ)王のとき(前一〇二三年)、周の武王に滅ぼされた。▽殷の人自身は、商といった。⇒商。
    め{形容詞}穏やかでねんごろなさま。《同義語》⇒慇。
  5. (インタリ){形容詞}雷や、大砲の重々しい音の形容。▽上声に読む。「殷其雷、在南山之陽=殷として其れ雷は、南山の陽に在り」〔詩経・召南・殷其雷〕

意味〔二〕アン

  1. {名詞・形容詞}あかい(あかし)。黒みがかった赤色のこと。また、その色をおびているさま。「殷紅(アンコウ)」「羅袖寨残殷色可=羅の袖は寨れ残ひ殷色の可し」〔李復・一斛珠〕

字通

𠂣いんしゅ。𠂣は身の反文。身は妊娠のかたち。これをほこつのは、何らかの意味をもつ呪的方法と思われる。その呪儀を廟中で行う。孕んでいる子の、生命力を鼓舞する意の呪儀であろう。字形から言えば、”朱殷しゅあん”のように、血の色を言うのが原義であろう。

訓義

さかん、大きい、ゆたか、多い。正しい、あたる、ただす。慇に通じ、ねんごろ、うれえる。血などの赤黒の色、あか、あかい。王朝名、姓。

淫(イン・11画)

淫 楚系戦国文字
(楚系戦国文字)

初出:初出は楚系戦国文字

字形:初出の字形は「氵」”かわ”+”目を見開いた人”+「一」”地面”で、なすすべもなく洪水が広がっていくのを茫然とみるさま。原義は”ひたひたと広がる”。広がりすぎることから、のちに”ふける”の意味が派生した。字の成立由来は、「氾」”うずくまって洪水を見る”「濫」”じっと洪水を見つめる”に近い。論語語釈「氾」論語語釈「濫」を参照。

音:カールグレン上古音はdi̯əm(平)。同音は存在しない。

用例:論語八佾篇で”みだら”として用いる。

論語時代の置換候補:同音同訓「婬」の初出は後漢の説文解字

備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側は「爪(手)+壬(妊娠)」の会意文字(音イン)で、妊娠した女性に手をかけて色ごとにふけること。淫はそれを音符とし、水を加えた字で、水がどこまでもしみこむことをあらわす。邪道に深入りしてふけること。耽(タン)(ふける)・沈(チン)(深くしずむ)・深(ふかい)などと同系のことば。

語義

  1. (インス){動詞・形容詞}みだら。色ごとに深入りする。ふしだらなさま。《同義語》⇒婬(イン)。《類義語》耽(タン)。「姦淫(カンイン)」「淫蕩(イントウ)」。
  2. (インス){動詞・形容詞}邪悪なことに深入りしてとめどもなくなる。度を越えて深入りする。また、そのさま。「淫雨(インウ)(とめどもなく降り続く長雨)」「淫祠(インシ)」。
  3. (インス){動詞}物事にふける。邪道に深入りさせる。深く入りこんで悪くする。「富貴不能淫=富貴も淫する能はず」〔孟子・滕下〕
  4. {動詞}ひたる。ひたす。じわじわと深くしみこむ。「浸淫(シンイン)」。

字通

声符は㸒。〔説文〕十一上に「侵淫して理に隨ふ也」とあり、地の脈理に従って水が浸してゆく意とする。また「久雨を淫と為す」とは、侵淫して止まぬ意であろう。㸒は(てい)(挺立して祝詞を捧げ祈る人)に手を加えて督促する形で、過甚の意。水の浸透することには淫といい、人の欲情においては婬という。

訓義

みだら、みだす、みだれる。水の過甚なもの。ひたす、あふれる、はびこる。長い雨、深い、沈む。一般に、甚だしい状態をいう。ふける、ほしいまま、久しい、大きい、よこしま。

大漢和辞典

みだら:色好み、私通、不取り締まり、よこしま。みだれる、みだす:みだれまじる、まどわす、順序を乱す、身分を超えて上になぞらえる、流し目に見る、侵す。ひたる、ひたす:脈理に従って順次に浸漬していく。うるおう、つやがある。いく:進む、あそぶ。あふれる。ふける、度を超す。おごり、おごる。はびこる。ほしいまま、わがまま。むさぼる。人の心を惑わすもの。大きい、多い。深い。沈む。久しい。長雨。止まる。つらねる。染める。泥でふさぐ。祀るべきでない神を祀ること。堆の名。川の名。〔邦〕淫欲。●液、●水。

陰(イン・11画)

陰 甲骨文 陰 金文
甲骨文合集19780/㠱伯子妊父盨・春秋

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は「A」”覆うもの”+「鳥」。金烏文以降の字形は「阝」”はしご”+「A」+「云」”雲”。いずれも天が曇るさま。

音:カールグレン上古音はʔi̯əm(平)。「オン」は呉音。

用例:「甲骨文合集」19780に「丙辰卜丁巳其陰印允陰」とあり、”曇る”と解せる。

春秋早期「㠱白子󱤾父盨」(集成4442)に「其陰其陽」とあり、”かげ”または”ひそかに”と解せる。

春秋末期「曾子邍彝簠」(集成4573)に「曾子邍彝為孟姬󻇟(陰)鑄賸𠤳」とあり、”ひそかに”と解せる。

備考:「隠」ʔi̯ən(上/去)の論語時代の置換候補。

学研漢和大字典

会意兼形声。原字は侌で、「云(くも)+(音符)今(=含。とじこもる)」の会意兼形声文字。湿気がこもってうっとうしいこと。陰は「阜+(音符)侌(イン)」で、陽(日の当たる丘)の反対、つまり、日の当たらないかげ地のこと。中にとじこめてふさぐの意を含む。▽阴は中国で陰の簡体字。含(ふくむ)・禁(出入りを防ぐ)・暗(ふさがってくらい)と同系。類義語に影。異字同訓にかげ 陰「山の陰。陰の声。陰口を利く」 影「障子に影が映る。影を隠す。影も形もない。影が薄い」。「かげ」は「蔭」「翳」とも書く。「かげる」「かげり」は「翳る」「翳り」とも書く。また、「他の助け」の意味では「蔭」とも書く。

語義

  1. (インナリ){形容詞}くらい(くらし)。くらくてうっとうしい。湿気がこもって薄ぐらい。陰気くさい。《対語》⇒陽。《類義語》暗・闇。「陰闇(インアン)」「陰険」。
  2. {動詞}くもる。空がくもる。くらくなる。《対語》晴。「陰天」「以陰以雨=以て陰り以て雨る」〔詩経・癩風・谷風〕
  3. {名詞}かげ。日の当たらない丘。くらく小高い所。物のかげで、見えない所。《対語》陽。「牆陰(ショウイン)」「碑陰」。
  4. {名詞}山の北側。また、川の南側。《対語》陽。「山陰」「淮陰(ワイイン)(淮河の南岸の地名)」。
    め{名詞}日時計のかげ。転じて、時間。「惜陰」「大禹惜寸陰、吾輩当惜分陰=大禹は寸陰を惜しめり、吾輩はまさに分陰を惜しむべし」〔晋書・陶侃〕
  5. {動詞・名詞}かくす。覆いかぶさる。また、覆いかくす。おおい。《同義語》蔭。「陰庇(インピ)」「既之陰女、反予来赫=既にゆいて女を陰せば、反つて予に来たりて赫す」〔詩経・大雅・桑柔〕
  6. {動詞・形容詞}かくれる(かくる)。人目をさけて、見えないようにする。人目につかない。かげの。《対語》陽。「陰徳」「陰謀」。
  7. {名詞}人の生殖器。「陰部」「女陰」。
  8. {名詞}対立する両面のうち、消極的・受動的なほう。天に対して地、男に対して女、日に対して月など。《対語》陽。「太陰」「陰極」「一陰一陽、之謂道=一陰一陽、これを道と謂ふ」〔易経・壓(繋)辞上〕
  9. {副詞}ひそかに。かげで、こっそりと。《類義語》私・窃。

字通

[形声]声符は侌(いん)。〔説文〕十四下に「陰は闇なり。水の南、山の北なり」と地勢による陰晴の義とし、また雲部十一下に𩃬の字を録し「雲、日を覆ふなり」とし、侌の古文二形を録する。侌は陰の古文。侌は云(雲気)を今(蓋栓の形)で蓋する意で、気をとじこめる意。陰陽は𨸏(神梯)の前に気を閉ざした呪器、または昜(玉の光)をおく呪儀。神気を閉ざし、または神気を発揚することをいう。

飮/飲(イン・12画)

飲 甲骨文 飲 金文
甲骨文/沇兒鎛・春秋晚期

初出:初出は甲骨文

字形:「酉」”さかがめ”+「人」で、人が酒を飲むさま。原義は”飲む”。

慶大蔵論語疏はおそらく異体字「〔食攵〕」と記す。未詳。

音:カールグレン上古音はʔi̯əm(上/去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義で、金文では原義で(余贎□兒鐘・春秋末期)、戦国の竹簡では原義で用いられた。

学研漢和大字典

「飲」は会意兼形声文字で、飮の左側はもと「今+酉(かたくふたをして酒をつぼに入れる)」。飮の本字はそれを音符とし、欠(口をあけた人の形)を加えた会意兼形声文字。今の字体は、左側をよく似た形の食にかえたもの。

こぼれないように、口の中に入れて、とじこめること。擒(キン)(とじこめて捕らえる)・酓(イン)(かたくふたをして酒をつぼの中に入れこむ)・陰(ふさぎこむ)と同系のことば。

語義

  1. {動詞}のむ。水や汁物を口に入れてのみこむ。《対語》⇒吐。《類義語》呑(ドン)。「冬日則飲湯、夏日則飲水=冬日は則ち湯を飲み、夏日は則ち水を飲む」〔孟子・告上〕
  2. {動詞}のむ。外に出ようとする気持ちを、ぐっとのみこむ。《対語》吐。《類義語》呑。「莫不飲恨而呑声=恨みを飲みて声を呑まざるはなし」〔江淹・恨賦〕
  3. {名詞}のみもの。のむこと。また、特に飲酒。酒宴。《類義語》呑。「一瓢飲(イツヒ°ヨウノイン)」〔論語・雍也〕。「張楽設飲=楽を張り飲を設く」〔戦国策・秦〕
  4. {動詞}のます。水やのみものをのませる。▽去声に読む。「酌而飲寡人=酌みて寡人に飲ませよ」〔礼記・檀弓下〕

字通

[会意]正字は㱃(いん)。酓+欠。酓は酒壺に蓋栓を加えた形で、飮の初文。欠は口を開いて飲む形。酒漿の類を㱃(の)む形で、〔説文〕八下に「歠(すす)るなり」とする。次条に「歠は㱃むなり」とあって互訓。歠(せつ)はすする音の擬声語である。

隱/隠(イン・14画)

隠 金文大篆 隠
(金文大篆)

初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はʔi̯ən(上/去)(ʔは空咳の音に近い)で、同音に殷”さかん”・慇”ねんごろ”と、隱を部品とした漢字群。置換候補は近音の陰ʔi̯əm(平)

学研漢和大字典

会意兼形声。隱の右側の上部は「爪(手)+工印+ヨ(手)」の会意文字で、工形の物を上下の手で、おおいかくすさまをあらわす。隱はそれに心をそえた字を音符とし、阜(壁や、土べい)を加えた字で、壁でかくして見えなくすることをあらわす。隠は工印をはぶいた略字。

穩(オン)(=穏。動きをかくす→おだやか)・湮(イン)(かくす)・殷(イン)(かくして中にこもる)などと同系。衣(からだをかくすころも)・依は、その語尾のnが転じたことば。類義語に蔵。

似た字(隠・穏)の覚え方「丘があってかくれる(隠)、稲(禾)があっておだやか(穏)」。

語義

  1. {動詞・形容詞}かくれる(かくる)。かくす。外から見えなくなる。また、何かでおおって見えなくする。おおわれて見えないさま。《対語》⇒顕。「隠匿」「隠微」「隠悪而揚善=悪を隠して善を揚ぐ」〔中庸〕
  2. {動詞}かくす。人に知れないようにする。秘密にする。「父為子隠=父は子の為に隠す」〔論語・子路〕
  3. み{動詞・形容詞}かくれる(かくる)。出世を求めず、人目からかくれる。目だたない所に退いている。「隠民」「隠士」「隠居放言=隠居して放に言ふ」〔論語・微子〕
  4. {動詞}いたむ。相手の身により添って考える。親身になって心配する。おしはかる。《類義語》依。「惻隠(ソクイン)」「王若隠其無罪而就死地、則牛羊何択焉=王もし其の罪無くして死地に就くを隠まば、則ち牛羊何ぞ択ばん」〔孟子・梁上〕
  5. {名詞}人知れぬ悩み。その身になってみてわかる苦労。「民隠(人民の苦しみ)」。
  6. (インタリ)・(イントシテ){形容詞}おおわれてぼんやりしたさま。なんとなく。▽去声に読む。「隠若白虹起=隠として白虹の起つがごとし」〔李白・望廬山瀑布〕
  7. {形容詞}はででなく、ずっしりと中にこもっているさま。落ち着いているさま。▽去声に読む。《類義語》穏。「隠隠」。
  8. {動詞}よる。よりかかる。また、何かをたよりにする。何かのかげにかくれる。▽去声に読む。《類義語》依(イ)・倚(イ)。「隠几而臥=几に隠りて臥す」〔孟子・公下〕
  9. 《日本語での特別な意味》「隠岐(オキ)」の略。「隠州」。

字通

[形声]声符は㥯(いん)。㥯は呪具の工で神を鎮め匿(かく)す意。𨸏(ふ)は神の陟降する神梯。その聖所に神を隠し斎(いわ)うことをいう。〔説文〕十四下に「蔽(おほ)ふなり」とするが、神聖を隠す意。

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