『列子』楊朱篇:現代語訳・他人のためにはスネ毛一本抜かない

中国人の発想は日本人の想像を超える

現代日本語訳

楊朱「伯成子高は、他人のためには毛の一本も抜かなかった。殿様をやめて隠居し、耕して食った。反対にはその身を全く天下に奉仕して、身体不随になってしまった。

だから昔の人は、毛の一本で天下を救えても、抜かなかった。天下をそっくりやると言われても、受け取らなかった。人々が毛の一本も抜かず、天下のために働かない。他人は勝手にしろ、互いに知ったこっちゃないと皆が思えば、争いは起きず天下太平になるであろう。」

その話を聞いて、無差別の愛を説いた墨子の弟子・キン子が、楊朱に食ってかかった。

「先生の毛一本で天下が救えたら、先生は抜きますか。」
「毛一本で天下は救えない。」
「うっ…もし救えるとしたらです。」

楊朱は黙って答えなかった。禽子はぷりぷりしたまま部屋を出て、楊朱の弟子・孟孫陽に話しかけた。すると。

孟孫陽「君には先生の心はわからんよ。解説してあげよう。君の肌をちょいと切ったら万金をあげると言われたら、君はどうする?」
禽子「ええ、いいでしょう。」

「では腕一本で国をあげると言われたら、どうする?」
「う~む。」禽子は考え込んでしまった。

孟孫陽「肌に比べれば毛の一本はささいなものだ。手足に比べれば肌など安いものだ。そうだろう? でもささいな毛が集まって肌になり、肌が集まって手足になっている。となると毛の一本だろうと、大切な自分の体の万分の一だ。他人にくれてやるなどとんでもない。」

禽子「私にはうまく答えられません。もしあなたの話を老子様や、その弟子の関インに聞かせたら、その通りと言うでしょう。でも私の話を禹王や、私の先生の墨子様に聞かせたら、きっと私に賛成するでしょう。」と負け惜しみを言う。

孟孫陽「ああそうかい。じゃあな。」孟孫陽はそっぽを向いて、弟子と別の話をし始めた。

書き下し

楊朱曰く、「伯成子高は一毫を以て物に利せ不、国を舎て而隠れ耕せり。大禹は一身を以て自ら利せず、一体偏えに枯れたり。古之人、一毫を損いて天下を利せるも、与せ不る也。天下を悉して一身に奉ぐも、取ら不る也。人人一毫をも損わ不、人人天下を利せ不らば、天下治る矣。」禽子楊朱に問うて曰く、「子が体之一毛を去りて、以て一世を済わば、汝之を為す乎」と。楊子曰く、「世固より一毛之済う所に非ず」と。禽子曰く、「仮に済わんか、之を為す乎」と。楊子応え弗。禽子出で、孟孫陽と語る。孟孫陽曰く、「子夫子之心に達さ不。吾請うて之を言わん。若の肌膚を侵して万金を獲る有ら者、若之を為す乎」と。曰く「之を為す」と。孟孫陽曰く、「若の一節を断ちて一国を得る有らば、子之を為す乎」と。禽子黙然として間有り。孟孫陽曰く、「一毛は肌膚於微たり、肌膚は一節於微たるは、あきらか矣。然らば則ち一毛を積みて、以て肌膚を成す。肌膚を積みて以て一節を成す。一毛固より一体の万分中之一物なり。柰何に之を軽んぜん乎」と。禽子曰く、「吾れ能く以て子に荅うる所なら不。然るに則ち子之言を以て老聃、関尹に問わば、則ち子の言当れる矣。吾が言を以て大禹、墨翟に問わば、則ち吾が言当れる矣」と。孟孫陽因りて顧みて、其の徙与他事を説く。

原文

楊朱曰:「伯成子高不以一毫利物,舍國而隱耕。大禹不以一身自利,一體偏枯。古之人,損一毫利天下,不與也,悉天下奉一身,不取也。人人不損一毫,人人不利天下,天下治矣。」禽子問楊朱曰:「去子體之一毛,以濟一世,汝為之乎?」楊子曰:「世固非一毛之所濟。」禽子曰:「假濟,為之乎?」楊子弗應。禽子出,語孟孫陽。孟孫陽曰:「子不達夫子之心,吾請言之。有侵若肌膚獲萬金者,若為之乎?」曰:「為之。」孟孫陽曰:「有斷若一節得一國。子為之乎?」禽子默然有閒。孟孫陽曰:「一毛微於肌膚,肌膚微於一節,省矣。然則積一毛以成肌膚,積肌膚以成一節。一毛固一體萬分中之一物,柰何輕之乎?」禽子曰:「吾不能所以荅子。然則以子之言問老聃、關尹,則子言當矣;以吾言問大禹、墨翟,則吾言當矣。」孟孫陽因顧與其徙說他事。(『列子』楊朱11)

訳注

訳者の知る限り、これまで中国に関してものを言った人間で、世間に話を聞いて貰えた連中は。ほぼ三種類しかいない。

  1. 現代中国語も漢文も分からないくせに、ものを言ったただのクズ。
  2. 現代中国語だけ出来る世間師。「共産党の序列ガー!」のたぐい。
  3. 漢文が分かる振りをして世間を欺した詐欺師=九分九厘の漢学教授

少なくとも訳者はこんなサイトを書ける程度には漢文が読めるし、人民日報や毛沢東選集程度なら、ほとんど辞書無しで読める程度には北京語が分かる。中国国歌や文革中の革命歌をそらで歌える程度には発音も出来る。でないのにこんなサイトを上げては世間様の迷惑だ。

激語を吐けば、人は引くと言う事実はもとより承知している。だが中国語の分かる非中国人が、百年ほど中国に都合のよいウソばかり言い続けてきた結果、世界中の人間が中国のせいで、救い難い苦しみに落とされた。これをどう書けば、お上品になると言うのだろうか?

論語 孟子
それはさておき孟子の証言によると、孔子没後儒家はマイナーなカルト教団に成り下がり、ここに挙げた楊朱と墨子の天下になった。その主張は正反対だが、それだけ生存競争が過酷になったのである。やがて競争が緩んだ時代になっても、「他人のためにはスネ毛一本抜かない」は中国人の根本思考として根を生やしてしまった。ほかでもない、仁義を説く儒者が自分で白状している。戻り先を参照。

論語衛霊公篇10に戻る

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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