『庚巳編』現代語訳:のろいの亀

妖怪「三本足のスッポン」

論語 能 三本足
庚巳編:現代語訳

かのえうしの年の夏、太倉州の百姓が帰宅の途中、漁師に会った。漁師は三本足のスッポンを手にしており、百姓は買って帰ると妻に頼んで煮物にした。煮終わって「一緒に食べようよ」と言うと、「いやですそんな気味の悪いもの」と妻は言う。夫は一人で食べ始めた。

妻は門外に座ってぼんやりしていたが、ふと気付くと夫の声が聞こえない。変だなと思って家に入ると、夫の姿が見えない。ただ髪の毛が一本床に落ちており、着ていた服や靴、頭巾はそのまま残っていた。まるで蝉の抜け殻のようだ。

「キャーーーーーーッ!」と妻が叫ぶと、村の衆がわらわらと出てきたが、「これは、あれだな。」「うん。」と目配せする。どうせ夫を殺して嘘をついているんだ。というわけで妻を役所に突き出した。州知事の田黄が法廷を開いて妻を尋問し、くわしく供述させた。

「う~む。これはきっと妖怪のしわざじゃ、かも知れんな。」知事はとりあえず妻を収監し、鬼太郎漁師たちを呼び寄せて厳命した。
「九日以内に三本足のスッポンを捕らえよ。よいな!」

数日して、スッポンが捕らえられて献上された。妻を牢獄から引き出して、前と同じように煮物を作らせ、重罪人を引き出してそれを食わせた。食べ終わって牢獄に連れて行こうとすると、牢獄の門に着いたころには体が消えてしまい、百姓同様に衣服と髪だけが残った。

妻は釈放された。

「むむむ」と思った知事は、漁師たちを尋問した。おそれながら、と漁師の一人が言う。

「ご命令を受けまして、川に網を投げたのですじゃ。何かかかって引き上げると、それはもうとんでもなく重いのですじゃ。岸に引き上げてみると、人の形をした肉塊があったのですじゃ。目や耳・鼻などはあったのですじゃが、そ…その、て、手足がないのですじゃ。それが目を閉じて、ぶるると震えましたのですじゃが、それはもうくぁwせdrftgyふじこlp…。」

知事「目を回しよった。オイ! 次の者。」

「オラぁ見ただよ。ヘイ。そやつを川にぶん投げただよ。ヘイ。そしたら別の網に何かかかっただよ。見たら目鼻も手足おんなじでくぁwせdrftgyふじこlp…。」

知事「泡を吹きよった。オイ! 次の者。」

「オラぁびっくりしただよ、もう。そりゃあもう恐ろしいもんで。急ぎ皆で金を出し合いまして、お神酒を買って水神さまにお祈り申したんでごぜえます。

”え~神様神様。我らお騒がせいたしましたるは、お上に命じられまして、三本足のスッポンを捕るのでござりまする。何度もこうして怪物が上がりましたのは、水神さまのお怒りの現れと存じ奉りますが、お上の期限に遅れますと、オラたちはブチ込まれるのでござりまする。どうかお助け下さいましまし。かしこみ~かしこみ~まほ~すぅ~。”

そいでお祈りを終えまして、また網を投げますると、やっとスッポンが獲れたのでごぜえます。ヘイ。前に上がったのが何なのか、オラたちにゃあさっぱりで。ヘイ。」

* * *

辞典『爾雅』にはこうある。「三本足のスッポンは”能”という」と。その注には、「今の陽セン君山の上に池があって、そこに三本足のスッポンが棲んでいる」と。また『山海経』には、「山に近いと三本足のスッポンが沢山出て来る」とある。

たぶんこの怪物は実在するのだろう。しかし食べた者が消えてしまったというのは、記録に記されていない。それも一度に二種類の怪物が上がったという話は、未だに聞いたことがない。

明・陸サンコウ編』より

『庚巳編』:書き下し

三足の鱉
庚午夏、太倉州に百姓の道に漁を見る者有り、一鱉にし而三足を持てり。買いて帰り婦を令て之を炰さしむ。既に熟え、婦を呼びて共に餐らうも、婦食うを欲せ不、出でて門外に坐る。之久しくして其の夫の声を聞か不、入りて視るに已に在る所を失い、地上に発一縷を止めて存り、衣服冠履、事事皆在り、蛻が如き形の者たり。驚怖して号び喚けば、裡中之を聞きて、婦を以て、謀りて夫を殺し而、詐りあざむきを為す也とし、之を官にしらす。知州の莆田黄、廷を宣べて之をせめただし、其の情を得るに、以て異物の理或いは当に有らんと為し、婦を獄とらう。漁せる者を召して、限りを立てて三足の鱉を捕え来たら令む。数日、之を得て以て献ず。即ち官庁於此の婦を召し、前に依り烹てととのえしめ、し而重囚を出して之を食わ令む。食畢りて引きて獄に入るるに、門に及びて已に化して尽き矣。存る所の衣発、皆な百姓与同じ。乃ち婦の罪をゆるす。群漁云く、初め命を被りて、川於網せば、網を挙ぐるに其の太だ重きに驚く。岸に及びて之を視るに、乃ち一肉塊ありて人の形の如し。五官俱な具わり而手足無く、目を閉じて蠢めき動く。漁大いに驚き怕れ、之を水中に擲つに、又た別の網一所、物の状亦た之の如きを得。群漁懼れ、共に牲酒を買いて水神を祭り、禱りて曰く、「我輩官於命を奉じて、三足の鱉を尋す。乃ち連りて怪物を得るも、限に違う如きは、必ず罪を獲なん。惟れ神、之を祐けよ」と。禱り畢り而網するに、乃ち鱉を得たり。竟に前二物の何為るかを知ら不る也。《尓雅》を按じて曰く、「鱉の三足為るは能なり」と。注に云く、「今の陽羨君山の上に池有り、中に三足の鱉出づ」と。又《山海経》曰く、「山に従りて三足の鱉多し」と。是の物世に宜しく有らん。但だ人の食い而化するは、伝え記す所無し。然も一挙にし而二異を得るは、尤も前に未だ聞かざる所也。

『庚巳編』:原文

三足鱉
庚午夏,太倉州有百姓道見漁者,持一鱉而三足,買歸令婦炰之。既熟,呼婦共餐,婦不欲食,出坐門外。久之不聞其夫聲,入視已失所在,地上止存發一縷,衣服冠履,事事皆在,如蛻形者。驚怖號喚,裡中聞之,以婦為謀殺夫而詐諼也,錄之官。知州莆田黃廷宣鞫之,得其情,以為異物理或當有,歸婦於獄。召漁者,立限令捕三足鱉來。數日,得之以獻。即於官廳召此婦依前烹治,而出重囚令食之,食畢引入獄,及門已化盡矣,所存衣發皆與百姓同。乃原婦罪。群漁云:初被命,網於川,舉網驚其太重,及岸視之,乃一肉塊如人形,五官俱具而無手足,閉目蠢動。漁大驚怕,擲之水中,又別網一所,得物狀亦如之。群漁懼,共買牲酒祭水神,禱曰:「我輩奉命於官,尋三足鱉,乃連得怪物,如違限,必獲罪矣。惟神祐之。」禱畢而網,乃得鱉焉。竟不知前二物為何也。按《爾雅》曰:「鱉三足為能。」注云:「今陽羨君山上有池,中出三足鱉。」又《山海經》曰:「從山多三足鱉。」是物世宜有,但人食而化,傳記所無。然一舉而得二異,尤前所未聞也。


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