論語詳解063八佾篇第三(23)補足

『説苑』脩文篇

原文

子路鼓瑟有北鄙之聲,孔子聞之曰:「信矣,由之不才也!」冉有侍,孔子曰:「求來,爾奚不謂由夫先王之制音也?奏中聲,為中節;流入於南,不歸於北。南者生育之鄉,北者殺伐之域;故君子執中以為本,務生以為基,故其音溫和而居中,以象生育之氣也。憂哀悲痛之感不加乎心,暴厲淫荒之動不在乎體,夫然者,乃治存之風,安樂之為也。彼小人則不然,執末以論本,務剛以為基,故其音湫厲而微末,以象殺伐之氣。和節中正之感不加乎心,溫儼恭莊之動不存乎體,夫殺者乃亂亡之風,奔北之為也。昔舜造南風之聲,其興也勃焉,至今王公述無不釋;紂為北鄙之聲,其廢也忽焉,至今王公以為笑。彼舜以匹夫,積正合仁,履中行善,而卒以興,紂以天子,好慢淫荒,剛厲暴賊,而卒以滅。今由也匹夫之徒,布衣之醜也,既無意乎先王之制,而又有亡國之聲,豈能保七尺之身哉?」冉有以告子路,子路曰:「由之罪也!小人不能,耳陷而入於斯。宜矣,夫子之言也!」遂自悔,不食七日而骨立焉,孔子曰:「由之改過矣。」

書き下し

子路、鼓瑟して北鄙之聲有り。孔子之を聞きて曰く、「信(まことなる)矣(かな)由之不才たる也!」冉有侍る。孔子曰く、「求來れ、爾奚ぞ由の夫の先王之制音を謂わ不る也?中聲もて奏で、中節を為(と)る、流れて南於(に)入るも、北於歸ら不。南者(は)生育之鄉、北者殺伐之域なり。故に君子、中を執りて以て本と為し、生に務むるを以て基いと為す。故に其音たるや溫和に而て中に居り、以て生育之氣を象る也。憂哀悲痛之感を心に加え不らん乎、暴厲淫荒之動を體に在らしめ不らん乎。夫れ然る者(は)、乃ち存之風を治めり、安樂之為せる也。彼の小人は則ち然ら不、末を執りて以て本を論じ、剛に務めて以て基いと為す。故に其の音たるや湫厲に而て微末なり、以て殺伐之氣を象る。節を和したる中正之感を心に加え不らん乎、溫儼恭莊之動を體に存らしめ不らん乎,夫れ殺者(は)乃ち亂亡之風にして、北之為せるに奔る也。昔舜南風之聲を造りて、其の興也勃たる焉(なり)。今に至りて王公述べて釋ば不る無し。紂は北鄙之聲を為りて、其の廢せらるる也忽(すみやか)焉(なり)。今に至りて王公以て笑いと為す。彼の舜や匹夫を以て、正を積みて仁に合わせ、中を履みて善を行う、而て卒に興るを以(も)たらせり。紂は天子を以て、慢を好みて淫らなること荒べり、剛くして厲しく暴(あら)くして賊いなり,而て卒に滅ぶを以てす。今由也匹夫之徒にして、布衣之醜(おとり)也、既にして乎先王之制に意無く、而て又亡國之聲有り。豈に能く七尺之身を保たん哉?」冉有以て子路に告げ、子路曰く、「由之罪なる也!小人能わ不,耳陷り而(て)斯於(に)入る。宜き矣(かな)、夫子之言也!」遂に自ら悔いて、七日食わ不而て骨立ち焉(ぬ)。孔子曰く、「由之過を改むる矣(なり)。」


論語八佾篇23に戻る

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)

コメント

  1. […] しかし「天子南面」と論語の昔から言い、北こそ君の位と言いたくなる。それより「中声を奏でるは、中節を為るなり。南於流れ入りて、北於帰ら不。南者生育之鄉さと、北者殺伐之域なり」(『説苑』脩文)というような、古くからの常識に由った発言ではないだろうか。 […]